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中華民族【中国日記vol.122】

 広義に「中華民族」とは、中華人民共和国に暮らす人々、即ち中国国民を指します。オリンピックやサッカーワールドカップに臨む場合にはこの意味で使用されています。
 もう少し狭い意味で使われることもあります。中国は多民族国家です。いわゆる「中国人」である漢族(漢民族)以外に、満州族、蒙古族、ウイグル族、カザフ族、チベット族、イスラム教を信じる回族など五十五の民族で構成されています。中国では辺境の少数民族を訪れ紹介する紀行番組が結構あり、その様子はあたかも外国を旅するようです。コテコテの北京訛りの記者が、辺境ならではの独特の文化が自分達のものと如何に違うかを強調します。衣服、食事、住居、習慣、言葉など。明らかにこれら少数民族は「中華民族」の仲間入りは果たせていません。もっとも、満州族のように文化はもちろん言語さえも「中華」文明に同化された人々は戸籍上は満州族であっても「中華民族」の仲間に入っているようです。
そして、一番狭い意味で使われる場合は、人口の90%以上を占める漢民族だけを指します。

1.漢民族
古代中国の伝説上の帝王、伏儀(ふくぎ)と女禍(じょか)像(トルファン市郊外のアスターナ古墳群) 四千年前、黄河中流域に最初の国家、夏が生まれました。黄河文明の始まりです。
 商、周を経て文明が及ぶ地域「中華」は異民族が住む周辺に広がりを見せ、春秋戦国時代を迎えます。北は胡服騎射(体に密着する上衣とズボンを帯び、馬上から矢を射る)戦術をもたらした趙、北東は遼東半島にまで勢力を伸ばした燕、東は山東半島一帯の斉、南は揚子江文明を飲み込んで生まれた楚、揚子江下流の呉、そして越など幾つもの国ができました。それらの国の支配者は「中華」から進出していくこともありましたし、周辺地域の人々が「中華」の文明を吸収して国を建てることもありました。何れにせよ、それらの国々では混血が繰り返されました。
 紀元前221年、広がった「中華」を統一したのは西の端に建国した秦でした。始皇帝の墓に埋められた兵馬俑(へいばよう)の顔立ちは、多様な民族が含まれていたことを示しています。
 五胡十六国時代(4世紀から5世紀)には、北方から五つの異民族が押し寄せ十六の国を建てます。再び中国を統一する随、それを受け継いだ唐も鮮卑族の血が濃厚です。その後も遼(契丹族)、金(女真族、後の満州族)、元(蒙古族)、清(満州族)といった異民族支配の時代には混血が行われています。
このように、「中華民族」の中核をなす漢民族は、古来「中華」の文明を受け入れた人々の混血によって形成されてきたもので、単一の民族ではありません。

2.中華民族の優越
 金髪で青い目の「アーリア民族の優越」を説くナチスが引き起こしたユダヤ人抹殺を狙った民族浄化は人類が忘れ去ることのできない二十世紀の悲劇です。近年も「シンドラーのリスト」、「戦場のピアニスト」といった映画が作られ、多くの人々に感動を与えると共に記憶の風化を防いでいます。
 その反省から戦後の世界では、人種や民族の間に優劣はない、英語で言えば同じ「human beings」であり、その差があるとすれば環境などの後天的なものとされています。ところが、中国では現在も「中華民族の優越」が宣伝されています。それは、文明を生み育ててきた「中華」の優越を誇示し、国民をまとめ上げる為の象徴として使われているからです。急速に発展する中国では、貧富の差や官僚の汚職腐敗といった問題で国内の求心力が失われがちですので、国内を引き締め団結を図るために一層多用される傾向にあります。

3.漢民族の優越
 このような背景がありますので、「中華民族」を最も狭い意味で捉える人たち、即ち戸籍上「漢族」である多数派中国人は、象徴としての「中華民族の優越」を現実の「漢民族の優越」と勘違いしがちです。それは、栄光の「中華」四千年の歴史を一貫して担ってきた純粋な「漢民族」の存在を仮定することに繋がります。
 羽田孜(はたつとむ)元首相は、日中国交回復を果たした田中角栄元首相に次いで中国で人気があります。姓の「はた」は、5世紀に朝鮮半島経由で日本に移住してきた「漢民族」の秦氏と結びつき、「優秀な漢民族の血を引くからこそ日本の首相になれた」のだそうです。ただ、在任期間が64日に過ぎなかったのも「漢民族」と関係があったのかどうかは不明です。

4.大和民族
 中谷酒造は、奈良県大和郡山市にあります。「郡山」という地名に「大和」が付いているのは先に福島県に郡山市ができたので、後からできた同名の市を区別する為に奈良県の古い国名である「大和」を付け加えたのです。同様の例は、大和高田市に見られます。
 地名を別にすると、今日の日本では「大和」或いは「大和民族」といった言葉を日常使う人はいません。ところが、中国では「中華民族」或いは「漢民族」と並列する概念として「大和民族」を用います。優越を主張するためには比較対象が必要であるからに他なりません。
 日本人は主として弥生人、それに縄文人の混血で生まれました。弥生人自体、少なくとも揚子江下流域の中国系に加えて朝鮮半島系の流れもありました。5世紀には秦氏の大量移住、7世紀の帰化百済人の受け入れなど混血の歴史が日本人を作り上げました。重なる混血に単一民族としての「大和民族」や「日本人」という概念はあり得ません。まして民族の優劣など論じる余地がありません。
 ちなみに、弥生人と水田稲作の伝来ルートから見れば、日本人の形成に最も大きな比重を占めたのは戦国時代の呉の人々と考えられます。呉の庶民は「中華」に同化される前は日本語の元になった言葉を話していたことでしょう。

5.もてなし上手
 中国の人々は、我々日本人に対して「大和民族(日本人)は優秀です」とか何とか持ち上げてくれます。ところが、日本経済の発展ぶりを褒めてもらった後、調子に乗ってこちらから「日本人は優秀ですか」などと問いかけようものなら、「黒人よりはましですね」としっぺ返しです。我々日本人にとって、「黒人」というストレートな表現もさることながら唐突に「黒人」を持ち出してくることは驚きですが、中国では最も身近に優越感を持てる対象としてこのような形で使われます。
 「中国人」は誇りが高いのです。「中華民族(中国人)こそ優秀です」と言って欲しいのです。決して「中国人は黒人より優秀ですか」などと問い返してはなりません。一番賢いのは、「民族や人種によって評価するのではなく、個々の人や組織を見ましょう」と宣言することです。

この号終わり

写真:古代中国の伝説上の帝王、伏儀(ふくぎ)と女禍(じょか)像(トルファン市郊外のアスターナ古墳群)