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こしき倒しと粕はがし【酒蔵便りvol.29】

<酒蔵の様子>
粕剥がし 東大寺二月堂のお水取りの行事が終わると春到来。お水取りの頃までは寒の戻りがあるものです。暖冬とは言え、やはり寒波がやってきました。先週は、雪こそ降りませんでしたが寒さを実感です。
桜の開花予報も訂正され、平年より若干早いだけに終わりそうです。酒蔵では、最後のタンクの仕込み作業も終え、もろみ管理、そして発酵の終わったタンクから順次酒搾りを行っています。

布(ぬの)干し 昔は、湯を沸かす大釜の上に甑(こしき)を載せて、それで米を蒸しました。仕込み作業が終わると米を蒸す作業がありませんので、この甑を外します。このことを甑倒し(こしきだおし)と言います。酒造りシーズンの終了が近づいたということで、蔵人の慰労を兼ねて宴の席を設けたものです。

 麹(こうじ)作りも終了です。麹室の片づけが始まりました。機械器具の洗浄と乾燥、布も洗って殺菌し、陽光の下に干しています。

 もろみを搾りますと、酒と粕に分離されます。酒粕は、圧搾板毎にかぶせられた布の表面に板状に張り付いています。それを朝の内に剥がして、剥がし終えたら次のもろみを注入します。酒粕は、奈良漬用に出荷されます。


<今月のテーマ> 書評にご用心!
 酒造りも一段落、時間に余裕ができたので久々に小説を読むことにしました。友人に勧められたこともあるのですが、海外でも翻訳されているとか、作者がノーベル賞を受けるかもしれないという評判を聞いたことが決め手になり「ノルウェイの森」を選びました。
 文庫本の帯には、「限りない喪失と再生を描く」「究極の恋愛小説!」とあります。確かに「恋愛小説」でした。「究極の」リアリティーに欠けた話にしらけながらも、評判を呼ぶ素晴らしさがどこかにあるはずと自分を励ましながら最後まで読み、費やした10時間が「喪失」でした。思わず深酒をし、二日酔いから醒めたのが「再生」でした。

 「恋愛」の対象である女性の叔父、姉、恋人は各々謎の自殺をしており、そして彼女本人が最後に自殺して主人公が悲しむというストーリーです。
 最初に文脈とは何ら関係なく、ハンブルグ空港に着陸するルフトハンザ機で主人公のお出ましです。主人公は高校時代から人づき合いをほとんどせず、同性の友人がいない変わり者。絶倫で、不特定多数の女性と抜き身で行為しますが病気は患いません。こんな調子で、いわば「金持ちの浮浪者が東京湾に飛び込んだら、そこはハワイで、なぜか海中で息ができて、鯨の腹の中に入ったら、毛沢東とブッシュが交尾していた」みたいな訳の分からない設定が続くので感情移入しきれません。乱れた性道徳を日常化しているのも不自然すぎます。ただ、そのような道徳観念が読者を通じて社会に普遍化すれば性病やAIDSの治療薬を製造する会社の利益には貢献しそうです。
 作者は、一般社会人として働いたことがないようです。その反映か、その時代の最も基礎となる社会情況が描かれていません。1970年と言えば、大阪万博が開かれた年です。日本は、高度経済成長のまっただ中です。その時代の空気すら伝わってこないのです。作者は7年間も大学生活をしていたようですが、大学に入って暫く続く高度成長を謳歌した時代と、留年してからのオイルショックによる景気後退の時代を混同している気配さえあります。主人公に言い寄る同級生の女はポルノ映画マニアですが、70年には未だ日活ロマンポルノが始まっていません。

 誰もが豊かさを実感し、明日は更に豊かになれると信じた、そんな時代が70年です。70年安保闘争で大学は荒れましたが、豊かになった庶民の支持は得られず、先鋭化して消えます。その時代を大学生として生きた作者としては忘れられない時間のはずです。人は生き生きとしていました。性道徳も健在でした。それを敢えて異様にゆがめて書いたことは、同時代を生きた者にとっては容易に見抜けます。時代に馴染まない特異な環境を設定し、特異な人物を配し、特異な行動をさせる、余りにも異常な世界です。
 この本がベストセラーになったのは1990年頃、小説の舞台の70年から20年後です。70年を知らない若い世代の人たちは無理な設定に思い至らず「新鮮なメロドラマ」の形を発見したのか、それとも世の中には忘れっぽい人が多いのか。仮想の国の仮想社会での出来事なら情況の矛盾はなくなりますが、これ程の読者の共感を得られたのか・・・。私の頭の中で余韻は続きます。これが「限りない喪失」の正体に違いありません。

写真上:粕剥がし
写真下:布(ぬの)干し