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中国語と日本人 <後編>【中国日記vol.133】

7.漢字と仮名

藤原京と平城京を結んだ下ツ道(しもつみち。天理市二階堂駅付近) 中国語は漢字という文字を持ちますので、基本的に文字のなかった日本でも記録は中国語で行われていました。しかし、日本語を中国語で記録するのは非常に不便なことです。

 やがて漢字は、日本語の表記にも使われるようになりました。漢字一字を日本語の一音に当てはめて日本語を表記できるように工夫したのです。最初は漢字そのままを使い、万葉仮名と呼ばれます。その後それを崩した書体にしたものが平仮名、一部を使ったものが片仮名になります。

 昨2006年、難波宮(なにわのみや)跡で発見された木簡には、「皮留久佐乃皮斯米之刀斯」と書かれていました。これは「はるくさのはじめのとし」、即ち「春草の初めの年」と読め、和歌の一部と推測されています。7世紀中頃のものとみられ、万葉仮名の成立時期が従来の定説より30年ほど遡る大きな発見でした。

8.中国語発音の変遷

 中国四千年の歴史の中では北方異民族の浸入を何度も経験しました。五胡十六国時代を経て成立した随と唐も鮮卑族の影が濃厚です。遼、金、元、清など異民族の征服王朝もできました。中国語は異民族の影響を受けて、言葉は西北から変化し南東に伝わるという傾向を持っています。

 確か司馬遼太郎著「韃靼風雲録」に書かれていましたが、17世紀に清を建国した満州族は「カキクケコ」が口蓋音化して「チャチチュチェチョ」になるそうです。貿易窓口になった広東省には古い音が残っていましたので英語で北京は「Peking」、即ちペキンでしたが、近年は中国の標準音表記に合わせて「Beijing」(ぺイチン、或いはベイジン。現代中国語には清音と濁音の区別がない)と書くようになっています。

 日本語の音読みには呉音と漢音がありますが、漢音が主流です。漢音は、主に遣唐使時代に伝わった音を残しています。呉音は漢音より古い時代の音を伝えているようです。呉音は仏教用語に多く残っています。例えば勤行(ごんぎょう)、漢音では「きんこう」です。このように日本には伝わった時の発音が残っていますので、古い時代の中国の発音を推測する手がかりになります。

9.発音の精度

 漢字の音読みから、当時の日本人が正確に中国語を聞き取っていたことも解ります。

 例えば、現代日本人の初学者が聞き分けづらい「n」と「ng」の発音です。「n」は舌の先が上の歯茎に付きますが、「ng」は付きません。英語の「ing」の要領です。古来日本人はこの発音を聞き分けて表記しました。「n」は「ん」で終わりますが、「ng」は異なります。以下の例をご覧下さい。

10.漢文学習の伝統

 明治時代を迎えて西欧近代の制度、技術、文化を導入する為に、英・独・仏の三カ国語の習得が歓迎されました。高等教育に於いてはこれらの言語の習得が義務づけられました。一方、中国は遅れた国として中国語学習は軽視されるようになりました。

 ただ江戸時代を通じて漢字学習の基礎として中国古典が用いられて来ましたので、「漢文」の素養は知識人の必須とされ、現代に到ります。一部の日本人は、中国人以上に古典に精通しています。私も東大寺が経営する中高一貫教育校に学びましたので、みっちりと漢文に親しむことができました。

 ただ私としては、同時期に学んだ英語が文の順序に従って読み下すのに対し、漢文では返り点や一二点を打って上下に順序を変えて訓読することに強い抵抗がありました。その結果、現代中国語に興味を持つことになったのは逆説的な漢文教育の成果と言えましょう。

写真:藤原京と平城京を結んだ下ツ道(しもつみち。天理市二階堂駅付近)

この号終わり