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京劇の夜【中国日記vol.135】

 夏の夕涼みの散歩、ホテルから公園まで10分の道のりです。公園の向かいにある天津大劇場には「打開音楽之門2007暑期系列音楽会」(音楽の扉を開こう、2007年夏の音楽会シリーズ)のポスター。その日は京劇です。退屈するまで見てから公園でビールを飲むのも悪くありません。劇場で見るのは実に20年ぶりです。

1.京劇の始まり

京劇独特の「くまとり」(ポスターより) 日本人の度肝を抜く独特の化粧や衣装、甲高い歌声は、一度見たら忘れられない強烈な印象を残します。京劇は、中国を代表する演劇です。

 中国のことですから、さぞや驚くべき長い歴史があるかと思われるでしょうが、大体現在の形になったのは19世紀半ば、その後も1960年代まで発展を遂げますので近代の中国式時代劇ということになります。

 その名称の「京」とは北京のことで、安徽(あんき)や湖北(こほく)など地方の劇団が清の都・北京に進出し、融合したのがきっかけです。

2.凋落の始まり

 1960年、北京の呉副市長が歴史劇の新作「海瑞罷官(かいずいひかん)」を発表し、京劇として演じられました。明の嘉靖皇帝を諫めた清廉な官僚海瑞を描いた内容です。大躍進政策の失敗で相対的地位が落ちていた毛沢東は、復活の足がかりにこの内容を批判することを思いつきました。1965年、姚文元(ようぶんげん。文化大革命の四人組の一人)に「失脚した海瑞が復活する劇の内容は、反革命の政治家の名誉回復を謀り、地主や資本家を復活させる意図が隠されている」と批判させたのです。翌年、文化大革命(以下、文革)が始まり、京劇の伝統演目が禁止され俳優も迫害を受けました。

3.あだ花

 文革の間、伝統演目に替えて「革命京劇」というものが演じられました。俳優は京劇風の化粧をせずに人民服を着ていますが、動きや発声の仕方、歌の調子や音楽は京劇のものを用いて革命劇を演じます。1972年に日中国交が回復しますが、NHKテレビの中国語講座では革命京劇「智取威虎山」を教材に取り入れていました。人民解放軍が反革命の賊を退治するという内容です。

 1976年、文革が終了します。京劇に本来の演目が復活しましたが、人気は戻りませんでした。テレビの普及がダメ押しとなりました。

4.その夜

 ちょうど始まったところでした。上演中も観客席に照明が灯り、20年前に北京で見た時とは随分印象が違います。席は半分も埋まっておらず、しかも老人客は少なく、小中学生を連れた家族連れが目立ちます。夏休みに伝統芸能を見せてやろうという親心のようです。

 パンフレットには、「生旦浄丑 伝統京劇経典名段演唱会」とあります。「生」と「浄」は男役、「旦」は女形、「丑」は道化。「生旦浄丑」は4つの主要な役を表わすと共に京劇を象徴する言葉として使っています。この日の演目は有名な4つの劇から各々一つの名場面を抜き出した入門者向けのものでした。

5.鑑賞

「秋江」の一場面(パンフレットより) 舞台の袖で音楽を演奏しています。胡弓が二人。更にもう一人、胴が円形の4弦楽器を指で弾いているのが見えます。「月琴」というもののようです。その他は奥まって見えませんが「スオナー」と呼ばれる中国ラッパ特有の響きは聞き分けられます。

 最初の演目では、護衛を刺客と勘違いして宿の主人がやっつけようと刀を振り回しますが、真っ暗闇の中では手探りの戦いです。すぐそばに居るのに気付かず、相手に触れて驚いて刀を振り回しますが空振りです。結構笑わせます。体操選手のような軽業も見事です。

 二番目は「秋江」。臨安に居る恋人に焦がれ会いに行く娘と老船頭とのやり取りをユーモラスに描いています。電光掲示板に歌詞が出ますので日本人なら漢文の知識と簡体字(中国式に簡略化した漢字)さえ知っていれば大筋はわかります。

 三番目は「探黄陵」。明の穆宗が亡くなり、残された李妃が幼い帝を抱えて国政を見ていたところ、李妃の父が政権を握ろうと画策するのを李妃が忠臣の諌言を入れて阻むという話です。こうなると科白を聞き取れない日本人には何が面白いか解りません。

6.公園の夜

 最後の演目の途中で外に出ました。道路を渡ると公園。点滅する発光体を付けた凧を揚げています。その隣は社交ダンスの練習をする集団、一段低くなったところではローラーブレードで若者が走り回っています。そのまわりを夕涼みの人たちが埋め、沢山の人で賑わっています。白いプラスチックのテーブルと椅子に腰掛けてビールを飲みます。

 20年前なら物は満ち足りず、夜の公園に照明はありませんでした。日本の高度経済成長を顧みれば短期間に物質が豊かになるのは理解できます。しかし、近代に始まり百年以上定着していた娯楽文化がこんな短期間の内に凋落するものでしょうか。20年前なら伝統京劇が復活して10年、庶民にとってはまだ身近な存在でした。それが今やすっかり古典扱いです。京劇が育んできた魅力は、現代中国人の心には響かなくなっているのです。内面の変化は、深く、太く、静かに、進行しています。

この号終わり

写真上:京劇独特の「くまとり」(ポスターより)
写真下:「秋江」の一場面(パンフレットより)