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酒造りの最盛期【酒蔵便りvol.39】

<酒蔵の様子>

庭の梅の木 中谷家の門を入った左手、梅の老木があります。春が近づくにつれ蕾がふくらんできました。日射しにも少しずつ春らしい明るさを感じます。待ち遠しい春ですが、酒造りには気温の低いこの時期が発酵温度の管理もし易く、最適の時期です。

 正月三が日が過ぎた早々、全国新酒鑑評会出品用大吟醸の酒造りを行いました。もろみは日一日と醗酵が進んでいます。毎日温度を管理して、もろみを分析しています。搾るのは今月中旬の予定です。今年も金賞を目指して頑張っています。

写真:庭の梅の木

<今月のテーマ>

 今回は、東アジアの中では日本だけが太陽暦1月1日を「お正月」として新年を祝いますが、その理由が何と政府の財政難だったというお話しです。

 一年は12ヶ月ですが、この「月」は新月から月が満ちて満月になり、欠けていって新月に戻る周期を数える単位に他なりません。この周期は約29.5日です。29日の小の月が6回、30日の大の月が6回、合計354日で一年です。
 一方太陽の運行は365.2425日ですから約9日足りません。これを繰り返しますと季節と月がずれていきますので、約3年に一度、一年を13ヶ月にして調整します。増えた月を閏月(うるうづき)と言います。

 明治6(1873)年は、閏月があり一年が13ヶ月になるはずでした。明治新政府は公務員給与を月給制としましたので、これでは1ヶ月分よけいに支出しなければなりません。そこで、旧暦明治5年12月3日を新暦明治6年1月1日として太陽暦に移行させたのです。おまけに12月は二日しかありませんので12月給与も支給せず、結局政府は2ヶ月分を節約できたのです。

 庶民の伝統を変えるには時間がかかります。明治42年までは公式な暦に旧暦を併記していました。その名残が新暦1月15日の小正月です。
 太陰暦では月の運行に従って各月は新月から始まります。旧暦の正月の祝いは、一年の始まりと春の訪れを月の復活と共に祝う行事として新月に始まり、十五夜の満月の日に小正月の行事を行って終了していました。太陽暦になって月の運行とは関係が切れたのですが、やはり15日目に小豆粥を炊き、正月飾りを焼く「とんど」と呼ばれる行事が行われます。