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梅酒【中国日記vol.141】

天津中谷酒造の梅酒ラベル 梅の開花便りが聞こえてきますと間もなく春。初夏には果実の恵みを与えてくれます。
 天津中谷酒造では梅酒も作っています。原料の梅は蘇州産100%。甘さ控えめで、冷やしてそのままストレートで和食に合う優れモノ。日本料理店に納入するだけでなく食品スーパーでも売ることになり、そのラベルデザインを中国人デザイナーに依頼しました。
 上がってきた案を見てびっくり!です。芸者ガールや浮世絵をベースにしています。「参ったな」。私は心の中で呟きながら、「梅酒っていうのは、日本人にとっても非常に新しい飲み物なんですよ。大体、砂糖が高価な江戸時代にあったはずがないでしょう。それに日露戦争が終わってアルコールが余って・・・」

1.梅酒の普及

 1962(昭和37)年、家庭での梅酒作りが解禁になりました。実は大正頃から家庭での梅酒作りが始まるのですが、それまでは密造として取り締まりの対象になり得たのです。

 明治以来、酒税は国家の重要な財源ですから、勝手な酒造りを許すと酒税を確保できなくなります。そこで厳格な製造許可制度をとっていました。ところが梅酒は既にできたアルコールに梅と砂糖を加えるだけで、新たなアルコールを生み出すものではありません。そんなことから大目にみられていたのですが、政府は正式に認めることにしたのです。

 この解禁の少し前から梅酒は商品として販売され始めました。梅酒は家庭で作るものという固定観念が定着していたのですが、それを打ち破るメーカーの努力がありました。やがて輸出も始まり、梅酒は日本を代表するリキュールとして海外に拡がりました。

 中国でも1997年頃からブームになり、弊社のみならず多くのメーカーが生産しています。梅酒はこの百年足らずの間に日本に普及定着、そして世界に広がった飲み物です。

2.梅酒の始まり

 江戸時代に梅酒がなかった訳ではありません。1695(元禄8)年に書かれた「本朝食鑑」に古酒(清酒と考えられる)で作った梅酒が載っています。

 テンサイ(甜菜)が砂糖原料に使われ始めるのは18世紀のことですから、当時の原料は亜熱帯で栽培されたサトウキビです。日本にそこそこの量の砂糖が入り始めるのは南蛮貿易が盛んになる安土桃山時代です。おそらく梅酒は16世紀か17世紀に発明されたのでしょう。

 江戸時代を通して砂糖は極めて高価で、今のように料理に使うことはほぼ皆無。高級菓子に使用されていたようです。庶民が口にする甘みは果物や麹由来のものに限られました。梅酒が普及した形跡はありません。

3.梅酒と甲類焼酎

 一般的に梅酒は甲類焼酎に梅と氷砂糖を入れ、半年程寝かせて作ります。原理は、砂糖が作り出す浸透圧の差を利用して梅の実から汁を滲出させることにあります。

 甲類焼酎とはエチルアルコール(バイオエタノール)を水で薄めたものです。今日ではチューハイカクテルのベースにもなります。もちろん伝統的にストレートで飲む人もいます。世界にはウィスキー、ブランデー、ウォッカ、ジン、テキーラ、ラム、白酒(雑穀を原料とする中国焼酎)など様々な蒸留酒がありますが、純粋なアルコールを水で薄めたものを酒として飲むのは私が知る限り日本とその影響を受けた韓国だけです。

 工業用に作られたエチルアルコールは安価です。これに水を加えたものを日本政府が酒として認めたことが、家庭で作る梅酒誕生につながったのです。

4.甲類焼酎の誕生

 明治中期は日本の産業革命が進展し、多くの工業製品の国産化が始まっていました。

 1904(明治37)年に日露戦争が勃発すると火薬製造過程で使われるアルコールが不足し、増産が始まりました。軍需を当て込んでアルコール製造会社を新たに興す者も出ました。ところが日露戦争は翌年終戦を迎えますので需要は急減、工場はできたものの売り先がありません。そんな会社の一つ、愛媛県宇和島の日本酒精ではアルコールを水で薄めて焼酎として売ることを考え、許可を得ることに成功します。模造焼酎、今で言う甲類焼酎の始まりです。1910(明治43)年のことでした。

5.日本酒精とその後

 「日の本焼酎」と名付けられた模造焼酎は空前の大ヒット。日本酒精は一躍優良企業になって社名も「酒精(アルコール)」をやめて飲む酒をイメージさせる日本酒類に変更しました。その収益の高さが多角化を進めていた総合商社の先駆け鈴木商店の目に留まり、買収されてしまいます。買収を機に日本酒類の大宮庫吉という醸造技師は京都の四方合名(よもごうめい)に転職しました。四方合名では日本酒精の模造焼酎を仕入れ、「宝焼酎」の名前で売っていたのです。四方合名は後に宝酒造と改名改組し、やがて甲類焼酎のトップメーカーになります。

6.家庭の梅酒づくり

中谷家(大和郡山)の梅の老木 自宅に梅の木がないご家庭でも青梅を買ってきて梅酒を作る方が多いのではないでしょうか。甲類焼酎に代えて乙類焼酎やブランデーを使うご家庭もあるようですが、一つ注意が必要です。それは、アルコール度数が20度未満の酒類を使用してはいけないということです。滲出した果汁がアルコールを薄めますので果実に付着している野生酵母によってアルコール発酵が始まるおそれがあるのです。NHKも「きょうの料理」で味醂を使った梅酒作りを紹介していまい、お詫びと訂正を入れていました。同様に、清酒、ワイン、ビールなども使ってはなりません。

 梅酒は中国人の口に合います。近い将来、中国でも自家製梅酒がブームになる予感がします。

この号終わり

写真上:天津中谷酒造の梅酒ラベル
写真下:中谷家(大和郡山)の梅の老木