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大学は出たけれど【中国日記vol.148】

 日本は1927(昭和2)年に昭和恐慌に突入、不景気のどん底でした。小津安二郎監督の「大学は出たけれど」という映画は1929(昭和4)年の作品です。この年はニューヨークのウォール街で株価が急落し、世界恐慌も始まります。大学を出ても就職できない者が続出しました。

 就職は需給バランスで決まります。現在、中国は高度経済成長のまっただ中ですが、大卒者の半分近くが就職できない可能性も指摘されています。

1.教育の正常化

 中国を混乱に陥れた文化大革命では高等教育が否定されましたが、その終息宣言が出された1977年の12月、全国大学統一入試が行われ、大学教育が正常化します。

 同時に改革開放経済が始まり市場主義経済が導入されます。市場経済では、所得格差が教育格差に起因することは統計上明確です。おまけに中国には科挙制度の伝統があります。苦労した親ほど子どもには楽をさせようと教育熱心です。国家建設に必要な人材を国家が育成するという共産主義の伝統は受け継がれ、政府が授業料を賄いましたので極端な貧困家庭でない限り大学を目指し、激しい競争を勝ち抜いた者が少数のエリートとして大学教育を受けました。

2.改革開放経済

 「先に豊かになれる者から豊かになる」という先豊主義の下、農村から始まった市場経済の波は起業家を生み、外資を導入し、急激な経済の発展へと広がって行きます。

 経済の発展は高等教育を受けた人材への需要を高めます。1998年から爆発的に大学定員が増え、大学大衆化、有料化の時代を迎えます。

3.大学の現状

日本を代表する私立大学のシンボル大隈講堂(早稲田大学校友広報誌「西北の風」VOL.8より) 国立大学は学生の二割を占めます。その中には国の予算が重点的に配分され、世界的な競争力を目指す重点大学があります。例えば日本でも知名度が高い北京大学は東京大学文化系、清華大学は東京大学と京都大学の理科系に対応するイメージです。

 残りの大部分を占めるのが地方政府が管轄する地方大学です。国立大学に比べて公的な予算配分が少なく、授業料収入に頼る比率が高い為、学生数を増やす傾向にあり、マスプロ教育化が進んでいます。

 国公立大学の年間授業料は5千元から1万元程度。11万円を平均とすれば、日本の国公立大学文化系の約五分の一。日中間の物価水準から見ればやや割高です。
 2002年からは私立大学も設立され始めましたがまだまだ少数です。又、公立大学の建物など施設を借りて運営される独立学院も増えています。これら私学は格下に見られています。

4.人材の供給

大隈講堂装飾天井 昨年の大卒は495万人。その内3割ほどが就職が決まらず社会問題になりました。急に豊かになった社会で育ち、一人っ子で甘やかされ、食っていく苦労を知らない世代でもあり就職先を選びすぎるという傾向が報じられていました。その後就業者も増えているようですがそれでも15%前後は未就職だそうです。

 日本は第二次世界大戦後、大学の大衆化が始まります。新制大学の一期生が卒業した1953(昭和28)年卒は10万人(含短大)。前年は4万人ですから一気に2.5倍に増えました。それまで大卒者の就職先は官庁や大企業でしたが、この年から中小企業への就職が活発になります。幅広い産業に人材が供給され、これが1955(昭和30)年頃から始まる戦後の高度経済成長を支えることになりました。中国でも、中小企業や地方都市へ流れる大卒人材が急速に増えているようです。

5.進学率の向上と就職

 今年6月、昨年より1割以上多い559万人が大学を卒業しました。中国の人口は13億人。一人っ子政策導入後の一学年の平均人数を1,800万人とすると進学率は31%です。改革開放経済の開始から30年で到達した驚異的な数字です。因みに全入時代を迎えた日本の大学進学率は50%です。

 この数字から解ることは、中国の授業料は所得水準からみて高く、学生の9割が富裕層の出身とされていますので、経済的にゆとりのある家庭は100%と言っていいほど子弟を大学に進学させる時代になったということです。

 さて、経済成長率は鈍化の傾向を示しており、多くの大企業は採用を減らすとしています。就職率が昨年を下回ったのか、それとも地方や中小企業の採用が補ったのか、統計の発表が気になるところです。

この号終わり

写真上:日本を代表する私立大学のシンボル大隈講堂(早稲田大学校友広報誌「西北の風」VOL.8より)
写真下:大隈講堂装飾天井