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感想文結果発表【中国日記vol.157】

 若社長の中国日記 「VOL.156 最終回に代えて」で募集しました感想文の結果発表です。

 大感謝賞1点、感謝賞二点を以下に掲載させていただきます。

 読者の皆様、とりわけ感想をお寄せ下さった方に深く御礼申し上げます。来月からはいよいよ「アラカン社長の徒然草」がスタートします。引き続きご支援賜りますよう、宜しく御願い申し上げます。

2009年7月吉日 中谷正人

<大感謝賞> 匿名 様

 ご無沙汰しています。 相変わらず多忙な毎日でしょうがお元気ですか。
 このたび、毎月楽しみにしている「若社長の中国日記」156を読んでいると、この号で終了とのこと・・・、
 少々寂しく思いながら読み進むと、50歳が近づいたので一区切りをつけ、今後「アラカン社長の徒然草」にて新たなスタートするとあり安心しました。期待しています。

 思い返せば、貴方は1995年、30歳半ば諸事情ある中、先見の明をもって中国進出を断固決断、実行し言い知れぬ苦労を乗り越え努力された結果、今日に及ばれました。 
 その間多忙極める中、14年間余に亘り、よくぞここまで幅広い、時宜を得たテーマ、時にはウイットに富んだテーマを選び、今までに無い独自の見地ももって よくぞ茲まで健筆をふるえるものだと常々感心しながら、毎号読ませて頂きました。ときには、プリントアウトして中国旅行の参考にしたり、友人との話題のネタにするなど・・・。 
 本当にありがとうございました。

 いつまでも若いと思っていた私も昨年古希を迎えましが、貴方も50歳が手の届くとこに来たとは、本当に月日の経つのは早いものですね。 超多忙な心の休まることの無い毎日でしょうが、くれぐれも健康に留意され益々のご活躍を祈念しています。
 「アラカン社長の徒然草」を期待しつつ。  

<感謝賞> 喜多村英重 様

「穎」と「若社長の中国日記」
 6月の初旬、通院先の待合室でふと手にした週刊誌に2009年の酒類のお勧め記事が掲載されていた。何気なくページをめくっていると「穎」の文字が目に入ってきた。「穎」自身珍しい字だが、しかもノギヘンの頭は稲穂というユニークなデザイン、2009年米焼酎部門1位受賞とある。痛風気味の身ではあるが、父の日も近いので買ってみようかと考えた。義父の名前は「喜多村穎一郎」。亡くなって5年経つ。中支戦線で金鵄勲章を頂いたほどの強者であり、酒好きで実直な人柄であった。是非とも位牌の前に供えたい、義父も自分の名前の焼酎を気に入ってくれるだろうという思いにかられたからである。一瞬、仏壇で笑っている父の顔が浮かんだ。
 「中谷酒造」というメーカー名を脳裏に刻み込み、家に帰ってからネットで調べてみた。そこで若そうには見えない社長の「若社長の中国日記」に出会ったのである。読んでみると、素直な中国観が結構面白い。実は7月21日から25日まで上海に皆既日食ツアーの予定がある。ここで生の中国情報を得ることができたのは幸いである。初回のほうの記事は直には読み出せず、<前のページ>欄をひたすら押してVOL.1まで読み進んだ。本は注文しないで済んだ。しんどかったが、ツアー雑誌などには書かれていない生の中国人の生活感覚が素直に書かれていて、とても参考になった。特にタクシーは要注意だ。ショッピングも値切るだけ値切ろう。サービス精神は薄いし、観光用万里の長城はイミテーションか、ガッカリである。
 これを妻にも読ませようと思い、参考になりそうなところや面白そうなところを打ち出してみた。妻のところに持って行くと、妻が新聞をよこしながら「ここ、見て見て!」と興奮している。漢詩紹介「秧を挿す歌」の欄に「秧」の文字があり、「なえ」とふられていた。妻の名前は「秧子(ようこ)」。しかし、滅多に見かけない字のためか、人にはなかなか正しく読んで貰えず(おうこ)と呼ばれることもしばしばである。初めて新聞に自分の名前の謂われが載ったのがとても嬉しかったようだ。奇しくも父の穎(稲穂)と娘の秧(稲苗)が同じ日に活字で出会ったのである。これも何かの縁だろうか。余談だが、義父は戦前、台湾の明治精糖に勤めており、妻は台湾生まれである。義父自身は京都生まれである。中国の話題といい、中谷酒造は大和郡山にあることといい、とても親しみを感じた。
 さて、「穎」は6月10日にネットで3本注文した。配送されてきた「穎」1本は父の位牌前に供え、2本は義弟二人に届けた。二人とも酒好きである。21日の父の日に義父を偲んで飲んで欲しいと言葉を添えておいたが、すぐ飲んでしまったようだ。「いやー、旨かったよ!」の感想が返ってきた。21日を過ぎたが、私はまだ飲んではいない。6月いっぱいは供えておきたい。義父に十分味わってもらってから、妻と乾杯だ。いい供養だと、焼酎「穎」を妻や義妹たちはとても喜んでくれた。
 ところで「若社長の中国日記」だが、妻も初めは面白そうに読んでいた。翌日感想を聞いたら、日蝕ツアーをやめたいと言い出した。中国の生活状況や考え方に不安を感じたようである。特にトイレの記事にショックを受けたらしい。「この記事は5年も前から連載されているのだから、今は大丈夫だよ。」とか「上海は近代的でいいところだよ。」と言ってなだめてみたが、信用していない。いまだにキャンセル、キャンセルと言っている。これではまったくの逆効果である。若社長に何とかしてもらいたいと思っている。
 "VOL.29 中国トイレ事情"もそうだが、私が注目した記事は、"VOL.3 やっぱり食は中国にあり"、"VOL.8 飛行機の乗り方"、"VOL.9 松花江の真実"、"VOL.10 ホテル"、"VOL.13〜14 タクシー 交通事故"、"VOL.23 霧の中国"、"VOL.31 日本人はバカにされるか"、"VOL.44 信じる者は命がけ"、"VOL.50 中国の日本人"、"VOL.111 2万円の感動"などである。来月旅行ということで、気になるところである。年も年なので忘れ物も多く、手荷物管理も不十分である。スラれる可能性が大である。今はファインダーの無いカメラだけは買いたくはない、と願っている。

<感謝賞> 上村英彦 様

 若社長の中国における数々の出来事・苦労話、読んでいると本当に面白く、現代中国で本当かなと思いますが、本当ですよね。そんな苦労の連続の中国で日本酒製造・販売を立ち上げられたのには敬服致します。お酒の品質管理の妙を知りたいものです。
 そんな中国での面白いお話2話
 その1
 15年程前になりますが、中国広州を旅している時、タクシーに乗ったり町中のレストランらしきお店を利用したりしていると、結構古い1元、2元のお札と言っても手垢にまみれたヨレヨレのお札が貯まります。中にはセロハンテープで無理やり補強したものもあります。持つと油汚れで重みを感じる物もあります。持っていても汚ならしいので同行していた現地の通訳に、「30元ほどあるけどあんたにあげるよ。」と言ったら驚いた事に、僕が差し出した古いお札の塊を一瞥するなり「そんな汚いお金は要りません。」と言うではありませんか。エエ、ほんならどないしようかな、と困っていたら、街角で老人の物乞いが一心不乱に街行く人に物乞いをしているのが目についたので、古いお札をわしづかみにして、その老人の物乞いのカンカンにやってしまいました。その老人は一瞬何が起こったのか分からない様子でしたが、それがお金と分かって走って追っかけて来て、言葉は通じないのですが、三拝九拝してお礼を言ってくれました。通訳曰く、「あれで一ヶ月は食べれるよ」だって。
僅か500円程のお金がそんなに人から喜ばれるものかと実感しました。
その2
 中国の地方の大都市の昼下がり、街角のマンホールの口が開いており、何か作業をしているのに出会いました。何をしているのかと興味があるのでそこで立ち止まって、しばらく様子を見ることにしました。ややしばらくするとマンホールの中からモッコに入れられた下水のヘドロが、汚水を滴らせながら現れて来ました。流石、中国は何でも人海戦術やなぁ、と感心したのですが、次の瞬間、エエ、と思いました。路上にいる作業員は余り汚れませんが、ヘドロを入れたモッコを下から持ち上げている作業員がいるんですね。そして、横引きの管渠の中でヘドロをかき集めている人がいるんですね。この作業で一体何人の人が作業をしているのかと考えたら、少なくとも6〜7人の作業員がいる様です。中国では大変な公共事業があるんだなと思ったのと、生きて行く為にはこんな仕事もせんならんねんなぁ。と現実の厳しさを認識すると共に、やっぱり日本はエエなぁ。

<若社長の中国日記 完>