第18話 お盆 【アラカン社長の徒然草vol.25】

 一般にお盆と言えば8月13日から16日を指します。この期間、休みになる企業も多く、学校も夏休みですから家族そろって実家に帰り、親族がそろってお盆の行事を行います。盆休みの前後は交通機関は帰省客でごった返します。
 高速道路もお決まりの大渋滞です。クルマのラジオを聴いていますと、女性パーソナリティーが「お盆の墓参りで心が安らぎます」などと言っています。お盆は、墓参りをして先祖の霊と対話する場ではありません。先祖の霊をあの世から自宅に迎え、接待し、送り出す行事です。お盆の意味を知らない人がラジオで話をしていることに驚いてしまいました。毎年全国ニュースで流れる京都五山の送り火や各地の精霊流し(しょうろうながし)を彼女はどう理解していたのでしょう。
使い古した「我が家の年中行事とその食べ物」表紙 以下は、筆者の母が1976(昭和51)年に松坂屋大阪店友の会会誌「かとれや」に書き下ろしたものを、亡くなった折に慰霊を兼ねて冊子にした「我が家の年中行事とその食べもの」から引用しました。麦わら、「刺鯖」(さしさば)など今では手に入らない物もありますが、我が家では行事の備忘録としてこれを活用しています。お盆は地方によって、家によって特色がある行事です。皆様の様子と比べてみて下さい。
 尚、見出しの数字は筆者が振ったものです。

1.盆の行事(十三日)

同お盆の部分見開き 仏壇をきれいに掃除して、お迎えの用意をします。
 仏壇には大きな蓮の葉を敷き、その上に仏様の人数分のお供え物をします。お供え物は墓参りの時と同じ様に、縞瓜の輪切り、茄子の輪切り、素麺、みそ萩の小枝、ささげなどで、他には季節の果物(ぶどう・桃)やお盆に初めて抜いたさつまいもなども供え、麻幹を折って人数分のお箸をそえます。これとは別に無縁仏のためには、直径50センチ位の目のあらいとおしに蓮の葉を敷き、一人分のお供え物とお花をたてて縁側におまつりします。これらは主に母にしてもらい、私は仏様の器や、お供え物用に柿の葉を七十枚ばかりちぎって、美しく洗っておきます。
 夕食前になるとお茶の葉を茶袋に入れ、あかの二升釜でお茶をわかしておき、仏様をお迎えに行きます。小麦わらと線香を持って町はずれの橋の袂まで行き、そこで線香に火をつけるとその煙に乗って仏様が家へ帰られます。玄関まで出迎えて線香を仏様の線香たてにおさめお茶を供えますが、仏様に供えるお茶は「おちゃと」と呼ばれます。
 我々の夕食も仏様に御供えする精進料理と同じで、いつもより早めにすませ、父か母の導師のもとに家中のものが揃って、三十三番の御詠歌、大師和讃、地蔵和讃等のお念仏をあげます。お念仏の後は再び熱いおちゃとを供え、仏様がお供え物を食べるのに恥ずかしくない様にとの配慮から、仏壇の前に二枚屏風で囲いをしてやすみます。

2.盆の行事(十四日)

 中谷家の仏壇仏様への一日のお供え物を書いてみますと、
 朝・・・ささげの粥とおちゃと。
 十時・・・・・・ささげのあんで作ったおはぎを柿の葉にのせたものとおちゃと。
 昼・・・・・・柿の葉にのせた素麺とかけ汁。ご飯とぜんまい、油揚げ、結び干瓢、南京の煮物、茄子の味噌和えなどを少量ずつ一緒に柿の葉にのせたものとおちゃと。
 三時・・・・・・西瓜。
 夜・・・・・・柿の葉にのせたささげ御飯。里いも、新ごぼうの味噌汁にお餅の入ったものとおちゃと、などとなります。
 今日一日は家人の食事も、仏様に御接待したものを食べますが、昼食時には別に刺鯖がつきます。(刺鯖は20〜25センチほどの塩干物の鯖のこと)。両親の揃っている者、つまり主人と私と子供達の五人は蓮の葉に二尾ずつ刺し連ねたものを、父と母は両親がなくなっているので二人で二尾の刺鯖を、それぞれ焼いて食べます。
 大和ではお盆前になると、この刺鯖を持って魚屋さんが売りに来ますし、花嫁さんが来て、初めての里方へのお中元にも必ず添えられるものです。かなり塩のきついもので、たまに食べると、衰えがちな夏の食欲に刺激を与えていいものですが、お盆が終わると土用粕に漬けて塩気をやわらげておきます。焼くとかなりこげますが、粕の甘味で塩気もほどよくおいしいものです。
 夕食後は昨夜と同じ様に念仏をあげた後、仏様のお土産にと、柿の葉にのせたお餅に砂糖を添えたものを供えます。又お帰り道中のお弁当には、乾飯(ほしいい)を供えます。乾飯はお盆の前日の餅つきの時に、蒸し上がったお米を茶碗に一杯位、搗かないでとっておいたものです。
 昨夜のように屏風で囲いをしてからやすみます。
 お盆の間は、帰られた仏様の散歩の邪魔にならない様にと、洗濯物を干してもいけないと言われますが、夏の事でもあり、そうもいきませんので、なるべく片よせて干す様に心がけています。

3.盆の行事(十五日)

 お盆花火大会を待つ宮島の午後十四日にお土産からお弁当までお供えをすましましたので、今日は一日おちゃとだけでいいのですが、我が家では常日頃から昼にはご飯を供える習慣があるため、朝はおちゃと、昼には柿の葉にご飯とその日の惣菜をそえておちゃとと一緒に供えます。
 三時になると西瓜を供え、十三日や十四日の夜と同じ念仏をあげて仏様を送ります。三時前後になると垣内中、どこの家からも鐘の音が聞こえてきて、お盆の風情もひとしお高くなる番条町の十五日となります。
 三日間を通じてお供えしたものは、総て川に流していまいます。
 蓮の葉にお供えものをくるみ、無縁仏を祭ったふるいに入れて、新しい花をそろえ仏前から線香に火をつけて行き、橋の上からお供えを流したあと、お墓に花とお線香をたててお盆の行事をしめくくります。新棚の家では一日遅く、十六日の朝に仏様を送ります。
 各家々でのご馳走は、それぞれに少しずつ違う様ですが、どの家でも丁寧な接待で仏様を迎える事は変わりません。宗旨が異なる家から嫁いだ私にとっては、初めての年のお盆はまごつくことばかりでした。念仏も三十三番の御詠歌以外は違ったもので両親の後についてボツボツと覚えたものですが、今だに地蔵和讃は覚えにくく、ご先祖様の手書きの字もむつかしく、毎年お盆の間に自分で書いて、覚えねばと思いながらもつい忙しく、書けずに年を重ねています。

第18話終わり

写真1:使い古した「我が家の年中行事とその食べ物」表紙
写真2:同お盆の部分見開き
写真3:中谷家の仏壇
写真4:お盆花火大会を待つ宮島の午後

2011年9月
  中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人