第43話 差しつ差されつ 【アラカン社長の徒然草vol.52】

冷酒徳利と猪口(ちょこ) 欧米や中国では給仕が酒を注いでくれますが、日本では酒の席で互いに酒を注ぎ合う習慣があります。「さあどうぞ」と徳利(とくり。酒を注ぎやすいように上部がくびれた容器。陶器製のものは主に燗酒に、ガラス製のものは冷酒に用いる)、あるいは酒の小瓶を傾けると、声を掛けられた人は自分で杯(さかづき)、猪口(ちょこ)、あるいはグラスをテーブルから持ち上げて注いでもらいます。注がれた方は、お返しに注ぎ返します。注ぎ返してもらう人も杯を持ち上げて注いでもらいます。これが「差しつ差されつ」です。「差す」とは「注ぐ」と同じ意味で、「注いだり注がれたり」ということす。
 自分の杯、猪口、あるいはグラスを自分で満たして飲むことを手酌(てじゃく)と言いますが、相手がいる場合はやってはいけません。相手が目上で酒を注いでもらうのを遠慮する場合は、「手酌で失礼します」と一声掛けるのが礼儀です。

1.自分の杯

 自分の杯は自分で持たなければなりません。先日、若者と夕食を共にしましたが、彼は私が冷酒を注ごうとしてもグラスを持ちません。私が注意したのでグラスを持ちました。私が注いだ後、彼はやおら左手を伸ばして私のグラスをつかむと、酒を注いで私に渡そうとしました。これはルール違反。以下に記す「お流れ頂戴」以外、他人のグラスや杯に触れてはいけません。
 彼はなぜ日本の常識を知らなかったのでしょう。それは、酒席の経験が少なかったこともありますが、最近の若者は互いに同じ酒を飲むことが減り、各々好きな酒をたのむことが多いことにあるようです。「私はカクテル。私は焼酎。私は冷酒。私はビール・・・」といった具合です。
 そのビールさえ瓶ビールが減り、ジョッキに入った生ビールになりましたので差しつ差されつをしようにもできません。

2.お流れ頂戴

朱七福神七ツ盃(七献用の趣向) 出される料理を順に記したものを「献立」(こんだて)と言います。或いは「一献付き合ってくれよ」といった場合にも「献」(こん)を使います。かつて宴席においては共通の大きな盃(さかづき)を回して順に酒を飲みました。盃の一巡を「献」と言ったのです。一献毎に違った料理が運ばれます。そこで七献であれば、七種類の料理が用意され、それを献立と言います。
 一般的には各々の杯で酒を飲みました。それに加えて大きな盃を回して飲むことも行われてきました。大盃はすっかり廃れましたが、各々の杯をやり取りする習慣が残りました。同格の者通しでも行いますが、とりわけ上座(かみざ)の人から下座(しもざ)の人に、或いは年長者から若輩に杯を渡して酒を注ぐことが多く、杯が上(かみ)から下(しも)へ流れますので「お流れを頂戴する」と言います。下座の人や若輩は上座や年長者のところに行き、酌をすると共に杯を頂戴して酒を注いでもらうのです。これも差しつ差されつです。
 飲み終えた杯を洗うように水を張った鉢・盃洗(はいせん)が置かれていたのですが、戦後は使わなくなりました。杯は滴を切ってからお返しし、酌をします。今日、杯を共用するのは衛生的でないと考える人も多く、お流れ頂戴は風前の灯火(ともしび)です。

3.晩酌

懐かしの清酒メーカーポスター この言葉を使う人はめっきり減りましたが、夕食時に飲酒することを晩酌(ばんしゃく)と言います。とりわけ自宅でやる晩酌は気兼ねなく楽しめます。夫婦そろって飲める口であれば日々の団らんですが、夫婦の一方が飲まない場合、「それくらいにしといたら」などと酒量を制限されたりもします。酒飲みにはつらいところです。
 機嫌良く酒を飲んでいる亭主が、日頃あまり酒を口にしない女房に「おまえもどうや」などと勧めますと、亭主の杯をもらって飲むこともあります。こんな時は亭主の杯を水で洗うことはありません。「夫婦水いらず」の語源については諸説ありますが、このような情況を「これが夫婦水いらずやなあ」などと言うことが多く、今日でも夫婦円満の表現として残っています。

第43話終わり

写真1:冷酒徳利と猪口(ちょこ)
写真2:朱七福神七ツ盃(七献用の趣向)
写真3:懐かしの清酒メーカーポスター

2014年1月
  中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人