第45話 天津の地下鉄通勤 【アラカン社長の徒然草vol.54】

 19日付の中国紙・新京報(A14面)によると、北京市法制弁公室は18日、北京市軌道交通運営安全条例案を公表し、パブリックコメントを求めた。条例案では車両内での物乞い、寝そべり、喫煙、飲食などに対して最高で500元の罰金を科す。(時事通信2014年2月20日)

1.北京の地下鉄

 北京では中国でも珍しい光景が見られます。地下鉄車内の物乞いです。
 見られるのは地下鉄2号線に限られます。2号線は環状線。昔から北京をぐるりと取り囲んでいた城壁が戦後取り壊され第二環状道路(二環路)になっていますが、その下を掘って作られたのが2号線です。
 北京の地下鉄運賃は距離にかかわらず一律2元。おまけに環状線は乗換不要。こういった好条件に恵まれ、物乞いが風物詩となるほど定着しているのです。
 物乞いは車内を先頭車両から後尾、後尾から先頭へと反復移動します。やけど痕(あと)や皮膚病、奇形などで正視がためらわれるほど醜い人が一番多く、ラジカセから大音量で歌謡曲を鳴らしています。じわじわと音楽が近づいて来ると、いたたまれない気持ちが高まります。その他は幼児を連れたみすぼらしい服装の母親、哀れを誘うしょぼくれた老人が典型的なパターンです。
 物乞いは気の弱そうな人のところに立ち止まって頭を下げ続けます。乗客にとってはあきらめてくれるまで耐えるか、根負けして小銭をやるかの二者択一。見ていますと乗客は1元(約16円)、5元、10元程度を恵んでいます。一往復で100元(1,600円)くらいにはなりそうです。

2.天津最初の地下鉄

9号線車両(「BMT」は、“binhai mass transit”の頭文字) 中国最初の地下鉄は北京に建設されました。1977年に現在の1号線西側と2号線南側を繋いだ一路線の一般営業が始まりました。中国二番目の地下鉄は天津に建設されました。
 天津最初の地下鉄は1984年に開業しましたが、天津西駅から南京路まで僅か7.4キロでした。南京路は杭州と天津を結ぶ大運河の終点を戦後埋めてできたものです。運行距離があまりにも短く、利用は低調でした。私は1995年に天津中谷酒造有限公司を設立しましたが、その頃地下鉄に乗った経験のある人はほとんどいませんでした。庶民の足はもっぱら自転車かバス。我々外国人はタクシーでした。
 戦前は9カ国の租界が置かれた国際都市天津。ベルギーの会社が運営する路面電車が走っていたのですが戦後は廃線になりました。1970年代末から改革開放経済が始まり近代化を急いだ中国は「地下鉄」を先進国の象徴と捉え建設を急いだものの地下鉄を使いこなすには至らなかったのです。

3.新しい地下鉄

「軽軌」東麗開発区駅 最初に作られた天津地下鉄は2001年に営業を終了し、新しい地下鉄の建設が始まりました。そして2006年、現在の1号線と2号線が営業を開始しました。今に繋がる地下鉄網が整い始めたのです。当時はまだ2号線は中央部分が未開通で、大変使い勝手の悪いものでした。
 ようやく2012年から2013年にかけての開通ラッシュで今の形になり、地下鉄が街の交通網として機能し、通勤の足としても定着しつつあります。現在の路線を整理しますと、最初の7.4キロの路線を西北と南東に伸延した1号線、天津駅を中心に東西を結ぶ2号線、天津駅を中心に南北を結ぶ3号線。それに天津駅を起点に港のある浜海新区を結ぶ9号線。都合4路線です。
 地下鉄網は急速に充実しています。今年中に2号線が空港に乗り入れ、5号線、6号線が開通することになっています。こうなりますと駅周辺の住宅開発、駅前開発、地下街の整備なども一気に進み、日本との50年の時間差を埋めるのもそう遠い未来ではなさそうです。
 天津地下鉄の料金は乗車距離に比例します。初乗りが2元、最高で9元です。

4.地下鉄9号線

2号線天津駅路線図 私は天津の最新トレンドに乗り、地下鉄を使って通勤や移動を始めました。通勤に利用するのは9号線です。通勤とは言っても月に数日天津に滞在する内の何回かに限られます。
 天津地下駅を出発した電車は5駅めの中山門駅の手前で地上に顔を出し、高架を走ります。中山門駅から終点の東海路駅まで45キロの高架部分は、天津駅から来る地下部分よりだいぶ前の2004年に開通し、「津浜軽軌」(天津市街と浜海新区を結ぶ軽軌道交通の意味)と言う名称で営業していました。地下部分と連結された後は全線を一括して「地鉄9号線」(地下鉄9号線)と呼ぶようになりました。ただ、沿線の人は高架部分を「軽軌」と呼び分けます。

5.動く食堂

3号線天津駅ホーム ホテルから最寄り駅まで徒歩十分ほど。朝、7時前に乗ると座席が空いていることもありますが、7時を過ぎると満席で、徐々に混み始めラッシュ時間帯に突入です。
 中国で朝食は外食もしくはテイクアウトが普通で、朝食店が7時頃から開きますので、7時を過ぎるほど車内で朝食を食べる人が増えます。7時半ともなれば半数の人が物を口にしており、混み合った食堂状態になります。従って、これに耐えられない人は可能な限り7時までに乗ることになります。
 会社最寄りの東麗開発区駅で下車。天津駅からは9駅で4元、約30分です。駅から会社まで徒歩10分。適度な朝の運動になります。

6.敬老精神

元宵節の名残の爆竹跡(駅から会社への道路脇) 地下鉄で帰る場合、ラッシュのピークを避けて5時前には会社の車で東麗開発区駅に送ってもらいます。
 新しい発見がありました。5時を過ぎた車内は混雑が始まっています。私は老人に見えるらしく、席を譲られることが多いのです。中国人は白髪を染めるのが普通ですので、私の白髪頭は確かに目立ちます。高齢化社会の日本では、私ごとき還暦前の者はまだまだ老人の仲間入りをさせてもらえません。嬉しいやら悲しいやら、複雑な心境です。

7.それでも地下鉄

 帰りは概ねホテルに戻らず天津駅で地下鉄を乗り替え、そのまま得意先の料理店へ食事に向かいます。9号線は天津駅が始発駅です。天津駅で折り返し運転をしますのでホームは電車に乗ろうとする客で一杯です。扉が開くと、下りる人を押し戻すように乗り込んできます。扉近くに居た人は押し合いながらも下りられますが、私のように慣れていない者は、混乱が収まるまで待ち、ほとんどの人が乗り込んでから下りるはめになります。
 それでも最近は地下鉄に乗ることが多くなりました。ラッシュ時間帯のタクシーはつかまりづらく、おまけに道路の混雑が年々激しさを増し移動時間が長くなるからです。最近話題のPM2.5の濃度が高まったのは、車の渋滞も一因だそうです。私一人ではわずかなことですが、地下鉄通勤は大気汚染を少し減らし、自分が吸う空気も少し良くなります。

第45話終わり

写真1:9号線車両(「BMT」は、"BINHAI MASS TRANSIT"の頭文字)
写真2:「軽軌」東麗開発区駅
写真3:2号線天津駅路線図
写真4:3号線天津駅ホーム
写真5:元宵節の名残の爆竹跡(駅から会社への道路脇)

2014年3月
  中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人