第61話 季節外れの雪 【アラカン社長の徒然草vol.75】

 11月22日は、いい夫婦の日。今年は丁度日曜に当たり、夫婦そろって外食といったご家庭も多かったと思いますが、私にとっては試練の始まりでした。

1.雪の出勤

雪の天津東麗経済開発区(22日) 22日朝6時。天津のホテルで目を覚まし、カーテンを開けて地上を見下ろしました。前日の天気予報では夜半から雪。まだ薄暗い中でも一面が白く雪に覆われていることは解りました。大吟醸の麹作りのため、私はどうしても出社する必要があります。朝食を終え、7時に予約しておいたタクシーに乗り込みました。
 運転手は、「予約がなかったら今日は休むところでした」とはっきり言います。11月の雪などめったにないことです。河北の雪は真冬。乾燥地帯ですから降雪量もわずかです。気温が低ければ雪はサラサラで風が吹けば飛び散ります。スノータイヤを装着することはなく、雪道に慣れたドライバーも皆無です。
 季節外れの雪はべっとりと重く、タイヤを滑らせます。5センチ以上積もった道路を慎重に走り、通常の二倍の40分で会社のそばに到着。私は勤務先を教えないために毎回500メートル手前で降ろしてもらっていますので、そこから徒歩。工業団地に人通りはなく、新雪の上に私が道を切り開いて行きます。滑らないように慎重に一歩ずつ、15分かけて会社にたどり着きました。

2.退勤

高速鉄道天津駅ホーム(23日) 朝の麹室(こうじむろ)の作業を終えて事務所に戻りましたが、細かい雪が降り続いています。10センチは超えたでしょう。日曜は会社で昼食を用意しません。食堂のあるショッピングセンターまで1キロの往復はかなり困難。昼食抜きの可能性も考えて憂鬱になります。
 昼前、酒蔵の責任者が事務所に入ってきて、「社長の昼食もありますよ」。心配事が一つ解決。
 仕事を終えた夕刻、まだ雪は止みません。轍(わだち)のついた道路は多少走り易くなっています。酒蔵の主任に地下鉄1号線の復興門駅に送ってもらいました。地下鉄は動いています。15分で最寄り駅に到着。雪道を通常の三倍の30分掛けてホテルに帰り着くことができました。
 翌日は北京空港から帰国です。ホテルの日本料理店で晩酌をし、気持ちよく眠りにつきました。

3.北京空港

高速鉄道車両(23日) 23日朝、雪は止み薄日が射し始めています。道路の雪は消えており、通常の平日の交通量です。早めにホテルを出てタクシーで天津駅。切符売り場で「一番早い列車」を指定したところ、30分後の特等を確保。珍しく十分ほど出発が遅れましたが雪のせいではなさそうです。通常の所要時間30分で北京南駅に到着。
 北京地下鉄も正常に運転しています。空港快速電車に乗る前にトイレを済ませておこうと東直門駅構内のトイレに入りました。トイレの外側の手洗い場では若い女性が洗面器に靴をはいた足を乗せ、靴先の雪を拭っています。田舎者が集まる北京らしい、と言えばそれまでですが愉快ではない光景です。こんなことも間もなく帰国と思えば気になりません。
 12時半、北京空港に到着。離発着している飛行機が見えます。今夜は自宅に帰り着けそうです。

4.搭乗手続

空港快速車内の独身の日の特売広告(23日) ANAチェックインカウンターに向かいました。係員が「英語か中国語ができますか」と尋ねるので「YES」と答えると、「フライトがキャンセルされましたので明日のフライトで良いですか」と尋ねてきます。東京便で帰国し、羽田から大阪まで乗り継ぎできないか尋ねると、難しいと言います。欠航証明書を渡され、「ホテルを手配しますので1時半に17番カウンターに来て下さい」。訳が分からないままカウンターを離れました。

5.ホテルへ

空港快速車窓より北京市内(23日) 17番カウンターには日本人職員も居り、客に状況を説明したり要望を聞いたりしています。ただでさえ過密運行で遅れが常態化している北京空港が、雪を理由に航空会社に間引きを要請したことが原因と解りました。ANAの職員は声を掛けられない限り客と目を合わさないようにしています。
 更に一時間待つように言われました。待っている間、私の回りの数人は何れも北京観光に来た人であることが解りました。せっかく来たからと雪の長城観光を強行して危険な目に遭ったことなど、話を聞けました。更に30分、午後3時になってようやくホテルに連れて行くと言います。我々は既に3時間近く立ちっぱなしです。
 ANAの職員も同行し、空港に隣接するホテルと空港ターミナルを結ぶ巡回バスに乗り込みました。結局11人と幼児一人。その内、日本人は大人8人。到着したのはヒルトンホテル。五つ星です。

6.夕食

空港快速車窓より北京空港第三ターミナル(右奥。23日) 朝食付のホテル代をANAが負担することは有り難いことですが、夕食を自前で食べるとすれば話は別です。一番安いスパゲティーでも130元(2,600円)。ビールかワインでも飲もうものなら5千円が最低ライン。パソコンのネット接続も無料が当たり前の時勢に一日あたり120元(2,400円)。我々のように、やむなく泊まる客をカモにしているのでしょう。
 私は日本人の一人に「外に食事に行くなら付き合います」と言ったところ、他の6名にも声を掛けることになり全員賛同。皆さんは、冬の北京名物・羊のしゃぶしゃぶを食べたことがないそうで、それが第一候補です。
 中国語を話せるのは私一人であることが判明し、私がツアーコンダクター役。平日の夕刻はタクシーを拾えませんので、地下鉄で行ける範囲でできる限り近い場所が目標です。

7.食堂への道

北京空港第三ターミナル(23日) 4時半にホテルロビーに集合。シャトルバスで空港第三ターミナルへ。空港快速電車で三元橋(さんげんきょう)駅まで20分ほど。地下鉄に乗り換え一駅めの亮馬橋(りょうまきょう)駅で下車。このあたりは高級ホテルやオフィスビルの集積地で、日系企業の事務所も集まっていますが、再開発に漏れたローカルの飯屋が何軒かあります。
 シャーベット状の雪が残る歩道を西に向かって慎重に歩きます。200メートルほど歩いた崑崙飯店を過ぎたところで歩道が途切れています。正確に言えば、歩道そのものはあるのですが、再開発工事中でフェンスが歩道までせり出して通れないのです。おまけに路上駐車のクルマが列を成しており、車道を歩くしかありません。
 私は疲れた頭の中で、7名の安全と命を預かる立場であることを思い出しました。この先、クルマと接触する危険性のみならず、しゃぶしゃぶ屋かそれに準ずる店が見つからなかった場合、往復の1キロが無駄になるばかりか体力を消耗する人が出たとしてもタクシーは拾えませんので、絶体絶命のピンチに陥る可能性があります。引き返すことにしました。

8.しゃぶしゃぶ

欠航証明書 50メートル手前、北側にできた新しいビルのネオンでレストラン街があることが解っていましたので、そのビルを目指しました。とは言え、私の緊張感が高まります。なぜなら目指すはヒルトンに比べて圧倒的に割安な庶民が行く店。円安もあり、このエリアのましな料理店価格が日本並みであることを知っているからです。
 道路を渡ってそのビルに近づくと、突き当たり北側の看板に「火鍋」の文字。火鍋(フオクオ)とは、鍋料理のことです。この店にしましょう。路地に入って迷いながらも入口をみつけました。新築のビルで、エレベーターで4階に上がると、小綺麗な鍋専門店です。
 羊の薄切り肉を4皿、白菜、ほうれん草、豆腐、エノキ、キクラゲ、イカ、羊の腎臓などを頼みました。ビールは3本。白菜、ほうれん草、高野豆腐、センマイ、それにビールを7本追加して、シメに乾麺を放り込み、皆満足でした。一人60元(1,200円)。ビールを飲んだ人は10元追加。地下鉄往復6元、空港快速電車往復が50元。合わせて一人当たり126元(2,500円)でした。帰る頃にはテーブルに案内されるのを待つ客が列を成しており、人気店であることが解りました。早い時間に入った我々は幸運でした。

9.正直者は

新幹線車窓より富士山(27日) 一つのフライトがキャンセルされて、北京で足止めを喰らったのがたった11人。多くの人は代わりのフライトで当日に日本に着けたのでしょう。
 ANAの対応は巧妙です。チェックインカウンターの中国人職員に日本語を話させず、英語か中国語での対応。これなら日本人に日本語で怒鳴られることはありません。日本人職員は、乗れなかった客と目を合わさないようにしながら、個別対応に終始。文句の多い人にはそれなりの対応。素直にあきらめた人が11人だった、という訳です。ただ、夕食を共にした皆さんは得がたい経験ができたと喜んで下さり、私も満更ではありません。
 帰国の翌日は水曜。平日の仕事に加えて一日余計に貯まった仕事と格闘し、木曜の午後から夜までの行事を終えた上で、金曜の東京出張をこなすはめになりました。新幹線からは雲一つない青空の下に、雪を頂く素晴らしい富士山が見えました。

第61話終わり

写真1:雪の天津東麗経済開発区(22日)
写真2:高速鉄道天津駅ホーム(23日)
写真3:高速鉄道車両(23日)
写真4:空港快速車内の独身の日の特売広告(23日)
写真5:空港快速車窓より北京市内(23日)
写真6:空港快速車窓より北京空港第三ターミナル(右奥。23日)
写真7:北京空港第三ターミナル(23日)
写真8:欠航証明書
写真9:新幹線車窓より富士山(27日)

2015年12月
  中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人