第73話 中元とお盆【アラカン社長の徒然草vol.94】

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 「中元」を昭和42年(1967)に初版が出た講談社現代実用辞典で引きますと、「①陰暦七月十五日。うらぼん。②うらぼんの時期の贈り物。」。
 「うらぼん」は盂蘭盆、即ちお盆のことですから、①は「中元」と「お盆」が同じ意味であることを示しています。
 一方、現代の感覚で「お中元」と言えば、夏の贈り物のこと。中元は、親しい人や日頃お世話になっている人に贈ります。この時期に贈り物をする習慣は江戸時代に始まり、やがて贈り物自体を「中元」と呼ぶようになりました。それが②です。

1.中元

 本来、中元は中国の土着宗教から生まれた道教の行事です。旧暦7月15日(旧暦は月の運行を基にしていますので15日は十五夜満月です)、地官大帝に死者の罪を許すよう願いました。中元の他に上元、下元もあります。

上元 旧暦 1月15日 天官大帝(賜福大帝)にその年の福をもらえるよう願う
中元 旧暦 7月15日 地官大帝(赦罪大帝)に死者の罪を許すよう願う
下元 旧暦10月15日 水官大帝(解厄大帝)に厄を祓うよう願う

2.盂蘭盆

 盂蘭盆(うらぼん)は仏教の行事です。仏教は紀元1世紀、漢帝国の時代に中国に伝わりました。220年に漢が滅びますと、中国は魏呉蜀の三国時代に入り、西晋(265-316年)による短い統一期間を挟んで五胡十六国、南北朝時代と分裂時代を迎えます。仏教はこの間、3世紀頃から教団ができて布教が盛んになり庶民に広まりました。
 仏教は中国独自の進化を遂げます。盂蘭盆は中国において考案された仏教行事です。7月15日の中元は「死者の罪を許すよう願う」日でしたので、仏教を広めるために意識して盂蘭盆を中元の日に合わせたはずです。「釈迦の内弟子の目連(もくれん)は、亡くなった母が餓鬼道に生まれ変わって苦しんでいることを知り、施しをした」という逸話が創作され、盂蘭盆経という経典にまとめられました。盂蘭盆は、ご馳走と読経で祖先を供養する日になります。やがて餓鬼道(がきどう)に落ちた人に広く施しをする施餓鬼(せがき)もこの日に行うようになります。餓鬼道とは悟りを開くまで輪廻転生(りんねてんしょう)するという六道(天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)の一つです。
 中元の日に行う盂蘭盆という行事は、遅くとも7世紀には日本に伝わり、今日では正月と並ぶ重要な年間行事になっています。

3.日本のお盆

無縁仏へのお供え(中谷家) 日本のお盆は新暦で祝いますので、旧暦7月15日の中元の日を新暦8月15日に読み替えます。地域によって多少の違いはありますが、筆者の住む大和郡山市番条町の場合、8月13日に先祖の霊を自宅(本家)に迎え、毎日仏壇に三度の食事、菓子(西瓜、葡萄などの果物)を供えて接待し、夕食後には念仏と御詠歌を唱えます。縁側にも同じ食事と供え物を出して無縁仏にも施します。15日の夕刻、念仏と御詠歌を唱えた後、線香の煙に乗せて先祖の霊を墓へ送ります。この時期は全国的に盆休みになり、親族が帰省し賑やかに過ごします。
 施餓鬼会(せがきえ)も行います。「会」(え)とは仏教の法会(ほうえ)の意味です。番条町では8月1日、町内の寺で法要を行い、その後食事会が開かれます。

4.お盆の呼び名

 日本では、「盂蘭盆会」(うらぼんえ)が正式名称ですが、「お盆」という略称が定着しました。
 一方、中国では「中元」、もしくは「中元節」と呼びます。仏教の広がりは道教にも影響を与え、5世紀に寇謙之(こうけんし)が道教を体系化し、道教も仏教に倣って教団を組織し体系化された道教を広めて行きます。その後も道教は仏教の要素を吸収しながら発展し、やがて仏教が廃れて道教が盛んになり、道教の中元の中に仏教の法会の概念を包む形で定着しました。中元の日は地官大帝を祀ると共に先祖を供養し、餓鬼にも施しをします。
 中国文化圏のシンガポールや香港でも中元の行事は盛んですが、英語表記の場合「Hungry Ghost Festival 」(施餓鬼会)としています。これでは施餓鬼が行事を代表しているような印象を与えてしまいます。おまけに日本にも同じ行事があることを知らないらしく、日本語の観光案内文には英語そのままに片仮名で「ハングリー・ゴースト・フェスティバル」と書いています。
 日本にはあくまでも仏教の一環として伝わりましたので、地官大帝を祀る習慣はありません。この点が狭い意味での「中国文化圏」との違いです。

5.中元の贈り物

香港の食品街 日本では中元を親しい人、世話になった人に贈ります。中元を贈り物の意味に使うのは日本だけです。筆者のように商売をしている者にとって得意先への中元は欠かせません。
 昔は直接訪問して手渡したのですが、今は百貨店や商店から宅配便で送ることが多くなりました。7月中旬から8月のお盆までに届くよう発送します。例外は東京です。旧暦の日付に引きずられて6月下旬に始まり7月15日までに届けます。せっかちな江戸っ子の気性が反映しているのかもしれません。
 これについては面白い話があります。中国で日本の盆行事を紹介した中国語の文章は、私が知る限り「日本でも中元は行われる。その日付は、東京は7月15日、地方では8月15日・・・」(筆者訳)と書かれています。日本の盆休みは東京も含めて8月12から16日頃と決まっており、その間は帰省ラッシュが起きます。誤解が生まれた時の会話を推測すると次のようなものになります。
 中国人 「日本にも中元はありますか?」
 日本人 「あります」
 中国人 「日本にもあるとは驚きです。で、それはいつですか?」
 日本人 「東京だけが7月15日で、それ以外は8月15日までです」
 即ち、日本のお盆を紹介した元になる文章を書いた中国人は、現代日本語の「中元」が贈り物を意味することを知らなかったのです。

第73話終わり

写真1:無縁仏へのお供え(中谷家)
写真2:香港の食品街

2017年7月
  中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人