稲刈りと新感覚リキュールの発売【酒蔵便りvol.71】

<蔵の様子>

穂が出そろった水田 ここ大和路も一雨毎に気温は下がり、ようやく秋が訪れました。
  酒造りが始まりました。9月30日に最初の麹米を蒸しました。10月5日は最初のタンクの添仕込を行いました。まだ気温が充分下がりませんので、発酵温度管理には気を遣います。
穂が出そろった水田  中谷酒造管理田の山田錦の刈り取りをしました。6枚の田で7反半もありますので、酒造りとリキュールの瓶詰の間をぬって天気を見ながらの作業です。10月2日土曜は初日。残暑のまだまだ強い日射しで朝露はみるみる乾き、絶好の日和でした。大きなトラブルもなく、3枚、4反刈ることができました。
穂が出そろった水田  翌週は、月、火が雨。地面が乾くのを待って、水曜に残りを刈り終えることができました。
  天日でざっと乾かして、紙袋に30kgずつ詰めます。そのまま精米工場へ直送です。精米できた米は、12月に純米吟醸「奈良吟」造りに使用します。

<苦節14年 リキュールへの道>

 新感覚リキュール「穎+」(えいぷらす)を発売しました。
 今回は誕生までの長い道のりをお話ししましょう。

 2003年、弊社は初めて全国新酒鑑評会で金賞を受賞しました。私が弊社の経営に携わり始めたのは1996年。翌1997年に金賞を狙う体制を作ってから実に6醸造年度目のことです。世は焼酎ブームのまっただ中。次は焼酎でも日本一になることを目標にしました。

 先ずは製造免許、そして設備が必要です。当時、蒸留設備の需要も旺盛で、ただでさえ発注してから納入まで1年かそこら待つ必要があったのですが、ステンレス等の資材高騰もあり、設備が極めて高価になっていました。設備メーカーに相談したところ、中古の出物があるので、それを新品同様に整備すれば半値で収まるとの嬉しいニュース。それを基に焼酎製造免許を申請し、2005年に取得することができました。
 ところが待てど暮らせど設備はできて来ません。実は中古設備をお持ちの焼酎メーカーからの設備引き取りに手間取っているとのこと。結局、2007年夏、別のメーカーに新品を発注し、同年冬から焼酎の製造を始めました。

 造る焼酎は、清酒屋にしか造れないような特色のあるものを目指しました。焼酎は経済酒ですから、原料へのこだわりは薄く、原料の澱粉を無駄なく発酵させ、すこしでも多くのアルコールを取得するというのが一般的な考えでした。
 私は、発想を代えて良い材料を選び、発酵温度を管理できる清酒用設備で、清酒酵母を使って低温発酵させ、香り高い吟醸酒のようなもろみを作り、それを低温で蒸留することにより、辛口清酒のように軽やかで、吟醸酒の風味が際立つものを造ろうと考えました。

 2007年冬から翌年春は清酒造りの傍ら焼酎造りに注力しました。できあがった原酒を貯蔵し、熟成を待ち、いよいよ2008年夏に発売を開始しました。名前は「穎」(えい)。稲穂が天に向かって伸びている様子を示す漢字です。それは「優れた」、或いは「秀でた」という意味も持ちます。2009年3月、「穎」(えい)35度が全国酒類コンクール米焼酎部門1位を獲得しました。

 そして今年2010年、2008年から研究、開発を進めていたリキュールの発売です。焼酎「穎」(えい)をベースに、地元八尾(やお)の乳酸菌飲料と北海道の天然ハッカをブレンドしました。焼肉、焼鳥、串揚など、肉料理に合うよう設計しました。オンザロックで。冷やしてそのままストレートで。手頃な価格で、皆様の喉を直撃です。

 日本一の焼酎で造られたリキュール。是非お試し下さい。

この号終わり

写真1:稲刈り風景
写真2:刈り終えた一枚目の田
写真3:脱穀された籾

2010年10月
中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人