VOL.21 常夏の国、マレーシアの旅

投稿日:1998年2月26日

常夏の国、マレーシアの旅

1.「痛い!」

 右足の甲に激痛が走りました。朝起きようとしたときのことです。「さては、骨肉腫が・・・」一瞬、二日酔いのもうろうとした意識の中で訳のわからない事が頭をよぎりました。直ぐに傷みが意識を覚醒させました。

 そういえば、昨夜、庭の渡り廊下のあった場所から下に足を踏み外して、痛めたのでした。庭の植木手入れの為に廊下をはずしてあったのを忘れていたのです。

 「骨が折れていれば良いけど、ひびがはいっているだけだと、そこに肉が入ん込んで、後々傷みが続くよ。」と杜氏さんに脅かされ、しぶしぶ病院に行きました。幸いにも、小指の付け根でポッキリと折れていました。一安心です。

2.「御仕事は?」

 医者に尋ねられて、もぞもぞと答えます。ギブスをはめて固定するのが一番良いことは、火を見るより明らかです。しかしそれでは出張に行けません。マレーシア、シンガポール、中一日で大連、天津、北京など、とんでもない話です。

 しかし、医者もあきらめ顔で、
「まあ、同じ所をしばらくぶつけなければ良いでしょう。親指とかかとで歩けます。」

3.養生

 病院から帰ってくると足の甲全体がパンパンに腫れてきました。出張は、もう3日後に迫っています。酒は一滴も飲まず、風呂にも入らず、ひたすら腫れが退くのを祈ります。家族中から出張に反対の嵐です。

 さて出張前日、靴を履けるか試してみました。痛いながらも、一番薄い靴下をはいて無理矢理押し込んで何とか履けました。目処が立ちました。

4.クアラルンプールに立つ

 手提げ鞄一つに杖をつきながら、何とか到着しました。

 「どうしました?」出迎えの方が不思議そうに尋ねます。

 出発前に骨折したことは連絡済みです。「タイトなスケジュールをやりくりして、無理を押して来たというのに、何や、この発言は!」と内心ぶつぶつ文句を言いながら、でも考えてみれば要するに、そんなにひどい状態で出張するはずなど無いと、常識的に考えている訳です。人間は、やはり常識が大切です。

5.リゾートホテル

リゾートホテル

 ホテルのロビーで打ち合わせを終え、部屋に向かいました。彼は、気を利かして私には良い部屋をとってくれたようで、反対側の棟です。

 エレベーターを降りて、部屋の表示にそって廊下を歩きます。ゴルフ場併設の立派なホテルです。かなり広い建物のようです。悪い予感がしました。案の定、一番端の部屋、杖をついて約五分かかりました。

6.デラックスルーム

 部屋は確かに広かったのです。しかし、エレベーターから遠い、湯船が無い、エアコンのファンの音がうるさい、国際電話がかからない、NHKの衛星放送が入らない、という五重苦の内に、翌朝部屋を換えてもらいました。彼と同じタイプのところです。

 部屋代が三分の二になったのに、NHK以外は全て解決です。このホテルは日系資本が入っているというのに、どういうこっちゃ。

7.終わりよければ

 とんだことで始まったこの旅は、2日目も商談で深夜、3日目はシンガポール移動で到着が深夜、4日目が深夜発のフライトで5日目の早朝に関空に着くという超ハードスケジュールだったのですが、終わってみれば、めでたく成約に至り、実りあるものになりました。

 決してこれは、足の怪我に対する同情が生んだ成果で無いことは、本人の名誉の為にも明確に申し上げておきます。

 で、クアラルンプールってどんな街かって?、ほとんどの人が複数の言葉を話します。半分近い人が、マレー語と英語と北京語、それに福建語か広東語を話します。言葉には不自由しないはず、皆さんの目でお確かめ下さい。

つづく