VOL.90 今も続く勉強代

投稿日:2003年12月08日

今も続く勉強代

 我が社の事務所の二階には仮眠室があり、その隣に洗濯機が置いてある小部屋があります。そのスライド式ドアには取っ手がありません。手のひらをドアに押しつけて、手とドア表面の摩擦でドアをスライドさせます。

 建設中、内装工事の主任に、

 「取っ手を付けて下さい」

 「わかってる、わかってる」

 それでも付けないので、顔を合わす度に要求したのですが、毎日現場に来てもトランプをするだけで「わかってる」と軽くいなされていました。そうして一ヶ月も経ったでしょうか。

 「どうなってるんや、エエ加減に付けろよ!」と、言うと、

 「何のことでした?忘れてしまいました。もう一回教えて下さい」と申し訳なさそうに言います。私は絶句、そのままになってしまったのです。

 ドアの取っ手もそうですが、今年、酒瓶を洗う機械を入れ替えようと排水管を見回っていると、その細さに怒りがぶり返してきました。家庭の台所並みの太さなのです。私の記憶は工場を建設した95年に遡ります。

1.壁が全部窓のはずがないやろ!

 日系の建設会社に依頼すれば、もちろん何の問題もなく完成します。ただ、高くつくだけです。当時、初期投資額を抑える為に、現地の建設会社を起用することは一般的でした。我々が依頼したのもそんな純国有の建設会社と設計会社でした。

 その日は、学校出たての若い女性設計師と窓の打ち合わせです。

 「ここに窓を作るんですか?」彼女は、私が書いた側面図を指差します。

 「そうです」

 「大きさが縦1メートル、横2メートル程度となっていますが、それは無理です」

 「どうしてですか?」

 「床(ゆか)から天井の梁(はり)まで3メートルですから、窓の高さも3メートルになります。」

 「エエッ・・・?」

 気を取り直して、今居る部屋の窓を指して尋ねました。

 「この窓はちょうどそのくらいの大きさですが、どうしてるんですか?」

 「壁を窓の位置まで積んで、窓の上端はコンクリートの梁を載せます」

 「この工場もそのようにできませんか?」

 「いいですよ」

 私は、ワナワナと怒りがこみ上げるのを押さえます。このように毎回の打ち合わせは、忍耐との戦いでした。

2.「金を貰えば終わり」とちゃうやろ!

 設計ができたということで図面を受け取りに行きます。一席設けて夕食を食べさせるのが習慣とか、客との立場が逆転しています。ともかく夕食の宴会を開いてやりました。

 皆さん、中国焼酎をしこたま飲んで短時間で出来上がると、カラオケに連れて行けと催促です。こちらはそこまで国有企業の習慣に付き合うつもりはありません。

 さて工事の始まりです。基礎工事が始まるなり、問題が噴出です。基礎、構造、電気、上水、下水、蒸気、外装など個々の設計担当者の仕事の質に起因するのはもとより、各担当者が書いた図面間の整合性が取れていないことも大きな原因です。

 「窓の位置に樋(とい)が通りますがいいですか?」と工事主任が駆け込んできました。図面を見ると屋上の雨水を地面に下ろす樋の位置は窓の位置と無関係に決められています。

 又、「蒸気の配管が扉を横切ります。コの字形に上に迂回させると、そこに水が貯まりますよ。水抜きのバルブを付けますか?」

 変更図面がなければ、建設会社は動いてくれません。図面修正をさせようと設計会社を呼びつけますが、来てくれません。図面と引き替えに代金の支払いが終わっているのですから当然と言えば当然です。こちらから出向いて行って、何とか修正させようとすると、別料金を要求してきます。

3.建設会社も・・・

 設計変更で追加費用が発生したと、次から次へ金の要求です。こうなったら設計会社とグルになって外資企業にたかっているとしか考えられません。今更別の会社に頼む訳にも行きません。アリ地獄さながらです。

 工期が延びて行きます。気温が氷点下に下がるとコンクリートは打てません。コンクリートが固まるまでに中の水分が凍るとボロボロに割れて用をなさないからです。酒造りは冬の仕事です。

 今季を逃したら来年の冬まで待つことになります。何としても真冬の到来までに完成させなければなりません。
 11月、二階の床の防水膜の上のコンクリートが薄すぎることが判明しました。

 このままでは使用中に割れてしまいます。既に固まったコンクリートを割って、やり直しです。

 我々は、「何としても、この冬に酒造りをしたい」という姿勢を示す為に、精米を始めました。精米機の直ぐ隣の二階でコンクリートを割っています。時々コンクリートの破片が飛んできます。

 そうして月末、コンクリート打ちが終わりました。ぎりぎり間に合ったのです。精米もできました。コンクリートが固まるなり、洗米・吸水、米を蒸して麹を作って、最初のタンクの酒を仕込むことができました。

 ホッとしたのも束の間、あとから建設会社が出して来た請求書を見て、「冗談やないで・・・」。後日、本当に冗談ではなかったことが解りました。貴重な勉強代です。

 それにしても細い排水管、又金が掛かりそうです。

つづく