VOL.98 太陽にはカラス、月には・・・

投稿日:2004年8月09日

太陽にはカラス、月には・・・

 中秋の名月、旧暦8月15日の満月を愛でる習慣は中国から日本に伝わったものです。中国では「中秋節」と呼んで盛大に祝います。暑からず寒からず、気候の良い季節ですから月が満天に上がるまで、即ち「餃子や御馳走が出て、中国焼酎でベロンベロンになるまで」のひとときのデートは最高です。

 「綺麗な月ね」

 「君にはかなわないよ」

 「当然よ!。月に住むジョウガ(「常」「女偏に我」、常に美しい女性の意)が幾ら美しかったとしても、今は蟾蜍(ヒキガエル)ですもの」

 「・・・」

1.伝説から

 日本では月面の模様から「ウサギの餅つき」と言いますが、中国ではヒキガエルが住んでいることになっています。「淮南子」(えなんじ。前漢紀元前2世紀に完成)には、次のように書かれました。

 干ばつが続いた時に聖王・尭が、弓の名人ゲイ(「羽」の下に「廾」)に命じて10の太陽を射させたところ9つに当たり、太陽の中の9羽のカラスが死んで落ちたので、一つの太陽が残りました。

 世に平安が戻ったその後、(ゲイが洛水の女神にうつつを抜かしていたので)妻コウガ(「常」に代えて「恒」、ジョウガと同意)が嫉妬心から、ゲイの大切な不老長寿の薬を盗んで月に逃げたので、ヒキガエルの姿に変えられてしまいました。

2.カラスとカエル

 そんな訳で、少なくとも漢代からは太陽に三本足のカラス、月にはヒキガエルが描かれ、太陽と月が対(つい)で用いられます。この日月セットはやがて天下統治の象徴となり、中国の諸王朝はもちろん、李氏朝鮮でも用いられていました。

日本の皇室では今も儀式にこの装飾が使われています。

3.八咫烏(やたがらす)

 神武が九州から大和に東征した時、熊野山中で道案内に登場するのがこの三本足のカラスです。神武は「橿原の地で即位して初代天皇になった」とされていますが、同じ日本書紀では第十代崇神天皇も初めて国を治めたとしています。

 崇神の記述は戸籍や課役、四道平定の将軍を任命するなど具体的ですので、「神武」に象徴される征服事業を引き継いで、実際に大和に入ったのは崇神なのでしょう。古墳の分布と埋蔵物の変化から、4世紀のことと考えられています。

 崇神は新しい神・天照大神(あまてらすおおみかみ)を持ち込みましたので、神武を助けた三本足のカラスはこの太陽神の象徴と考えて良いでしょう。太陽に住むカラスの話が当時既に伝わっていたのか、少なくとも日本書紀が書かれた7世紀には中国の影響があったことがうかがえます。

 この天照大神、最初は三輪(奈良県桜井市)の宮廷に祀られますが、被征服者の大和の豪族には受け入れられなかったのでしょう、三輪の直ぐ西側の笠縫に移され、そして近江、尾張を経て、今の伊勢の地に祀られるようになりました。次の垂仁天皇の時代のことです。

4.北京の祭壇

 故宮を挟んで左右対称に東に日壇公園、西に月壇公園があります。これは、明・清の皇帝が太陽と月の祭壇を設けた場所です。更に故宮の北には地壇公園、南には天壇公園があります。地壇には大地を祀りました。

 そして天の声を聞き地を統べる皇帝の最も重要な祭祀の場が天壇でした。天壇公園は連日観光客で賑わいます。

日壇脇で縄跳び

5.お勧めはしませんが・・・

 日壇公園は、文化大革命で破壊されたものを故周恩来首相が命じて修復し、市民の憩いの場になっています。円形の壁に囲まれた神聖な祭壇は皇帝だけに許された空間でしたが、今では小太りのおっさんが縄跳びをしていたりします。

 生け贄を捧げた建物は老人の音楽練習場です。老人達はおしゃべり、子供達は母親に連れられ遊んでいます。祭壇をはさんだ反対側では樹木の消毒を行っていました。全体にかかるよう高く吹き上げられた農薬の霧と臭いが風下に流れます。

 おそらく公園従業員の勤務時間を変更してまで公園利用者に配慮をするつもりはないのでしょう。人々の動きを見ながら風上に逃げるのが得策です。太陽をイメージさせる唯一の物は近年作られた祭日壁画(太陽を祭る壁画)です。これには三本足のカラスが描かれています。

 月壇公園に至っては、破壊されたまま祭壇どころか何の建物もなく、外地人(北京の居住権を持たない人)の非合法労働市場になっています。北京で働こうと農村からやってきたみすぼらしい服装の人々でごった返し、その間を闇ブローカーが動きまわっています。

 警察の手入れが入った直後は下火になり、また直ぐに復活、ということを繰り返しているそうです。

 幸運にも警察の手入れが入った直後にあたると、人混みがない分、1元の入場料くらいは惜しくないという気になるかもしれません。ただ、入口では「何しに来たんだ!外地人か?」と尋ねられます。マニアックな観光には厳しさが付き物です。

つづく