VOL.83 中国での清酒造り その1 技術編

投稿日:2003年5月19日

中国での清酒造り その1 技術編

 中国の職業専門学校で発酵食品について講義をする機会を得ました。その例として少量の酒造りに挑戦したのですが、乳酸菌に汚染されてしまいました。水を沸騰させて殺菌し、冷まして仕込み水とするよう指示しておいたのですが、準備を忘れていました。

 中国では布巾を使いませんので、食器も容器も自然乾燥を待ちます。当日慌てて水を沸かしたものの、それを冷ますのに使った容器に残っていた水が原因と思われます。衛生観念の違いを再認識させられました。

1.発酵の原理

 アルコール発酵とは、酵母菌がブドウ糖を食べてアルコールに変えてくれる作用のことを言います。ところが清酒の原料は米、即ち澱粉ですから、先ずは澱粉をブドウ糖に変えてやらなければなりません。糖化と言いますが、これを担うのが麹カビが作る糖化酵素です。そこで使用する米の内、一定の割合で麹カビを生やした米、即ちを作ります。

2.麹作り

 早朝、ボイラーに火が入ります。酒造りは冬の仕事です。外は氷点下、蒸した米を冷ますにも、発酵しているもろみを冷やすにも冬の冷気は欠かせません。何せ原料として投入する米は、蒸し上がりから短時間に5,6℃にまで冷ます必要があるのです。

 麹用の米が蒸し上がりました。前日に正確に28%だけ吸水するようストップウォッチで計って水に漬ける時間を割り出して吸水させています。毎回の蒸し上がりの状態は均一です。正確に30℃まで冷まされた米は、麹カビの胞子を振られ麹室(こうじむろ)布に包まれ保温されます。麹室はいつも30℃度に保たれています。

 翌朝、菌糸が少し伸び始め米の表面が少し白っぽく艶がなくなります。製麹機(せいきくき)と呼ばれる温度と湿度を時間経過毎に制御できる大きな箱の中に麹米を薄盛りにして置きます。これからの24時間が真剣勝負です。

 酒の味の多くの部分は麹によって作り出されますし、麹の状態如何で糖化・発酵の速度も決まるからです。吟醸の麹は、米粒の表面を乾かして菌糸が米粒の中に入り込むようにします。そうすれば麹が溶けるに従って糖化酵素が徐々に滲出し、ゆるやかな発酵になるのです。

 昔は寝ずの番をしましたが、今は正確な数値管理で、作業すべき時間がほぼ一定になります。センサーで情況を把握しながら微調整、従業員は家に帰って休むことができます。私も夜の街に出動できるというものです。

 翌日、栗のような甘い香りのする真っ白な麹が出来上がります。

3.もろみ管理

 吟醸酒は低温で発酵させることにより、あの独特のフルーティーな香りが残ります。仕込み(原料の投入作業)を終えてから毎日分析を行います。

 もろみの中では、糖化と発酵が同時に進んでいます。比重(糖化と発酵のバランスを知る)、酸度(発酵が正常かを知る)、アルコール度数を見ながら、最初は10℃、中盤からは5℃まで温度を下げて約40日にも及ぶ長期発酵をさせます。もろみを冷やす為に冷却機はフル稼働です。

4.「米どころは酒どころ」

 もっともらしく語られていますが、実は米は全国流通、例えば高級清酒の原料になる山田錦という品種はそのほとんどが兵庫県産です。ですから、酒造りに於いては日本でも中国でも如何に良い米を探すかが勝負です。

 中国の水田稲作のルーツは次の3つです。

A.梅雨のあるモンスーン地帯の中国固有のもの(山東省以南、中国東南部ほぼ全域)

B.旧満州国に日本の開拓団が拓いた水田(梅雨のない地域に灌漑用水を引いたもの)

C.戦前、日本の国策会社が日本の米不足を補うため河北に拓いた水田(同上)

 後二者は日本の品種を植えていますので、日本の米と変わらないものを入手できます。しかも堆肥を使った土作り、河北では川蟹を使って除草し、農薬を使いません

 その為、中国の有機食品「緑色食品」の認定を受け、中央政府幹部の主食米になっています。おまけに天日干しにされますので、精米時に割れにくく、酒造りに適しています。これが朝香の原料となります。

5.米を磨く意味

 皆さんが召し上がるお米は精米して表皮と胚芽を取っていますので、ほとんどが澱粉です。しかし外側に近い部分にはタンパク質や脂肪などがまだ含まれています。これら澱粉以外の成分が「おいしさ」の要素です。

 ところが酒になりますと逆に雑味の原因となります。そこで、米を更に精米し外側を削り落として芯の純粋な澱粉の部分だけにします。

 削り落とすと言っても磨くようにゆっくり時間を掛けなければ米が割れてしまいます。しかも芯に近づく程デリケートです。

 例えば、玄米を100%として、一粒当たりの重量が60%になるまで磨くのに自動精米機で一つのロットに約30時間掛かります。天津で造られる純米大吟醸は30%ですが70時間以上掛かります。

 精米できた米粒は仁丹のように小さな丸になります。大変な時間とエネルギーを御理解いただけることでしょう。

つづく