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箸の発明とそれから【中国日記vol.114】

北京秋天 中国科学院は2005年10月12日、四千年以上前の「麺条」(メン)が青海省民和回族土族自治県(注)の喇家遺跡で発見されたことを明らかにしました。
 ここで、中国語の「麺」は穀物を粉にして作られたほとんどの食品、例えばパン、スパゲティー、マカロニ、お好み焼き、餃子の皮なども含みますので、区別する為に「麺」の中でも細長くなったものを「メン」と表記することにしましょう。中国語では区別するのに細い物を表す「条」を付けて「麺条」とします。
 さて、発見されたメンは粟(あわ)と黍(きび)が原料でした。メンの発祥地については、従来イタリア説やアラビア説もありましたが、これで決着がついた模様です。それと同時に、この発見にはもう一つの重要な意味が隠されていたのです。
 注:回族はイスラム教を信じる人々。土族はモンゴル系少数民族。

1.メンを食べる
 皆さんはメンを食べる時、何を使いますか。箸(はし)ですね。ただ、スパゲティーだけはフォークで食べます。手で食べる人はいません。どうしてでしょう。試してみるまでもなく手では食べにくいですし、何よりも熱いからではないでしょうか。メンは、食べる「直前にゆでる」もしくは「煮る」という操作が必要です。
 ゆで上がったメンを冷ましてから食べるということも考えられなくはありませんが、固まってしまい、せっかくメンに加工した意味がありません。冷やし中華やざる蕎麦のように直後に水で洗うことも考えられなくはありませんが、冬の気温が氷点下に下がる内陸では一般的ではなさそうです。
 そこで、メンの発祥地が中国ならば、「メンを食べる為に箸を発明した」ことに私は思い至りました。

2.フォークの起源
 フランス料理は世界を代表する料理ですが、そのフランスでフォークを使って食事をするようになったのは、16世紀のことです。1533年、イタリアからフランス国王アンリ二世に嫁いだカトリーヌが伝えたのです。それまでは手づかみで食べていました。
 イタリアでフォークを使い始めたのは、スパゲティーを食べる為だそうです。メンがイタリアに伝わったのは、おおよそ13世紀のことです。マルコポーロが伝えたとも言われていますが、シルクロードを行き交った商人、或いは海のシルクロードでアラビアを経由して伝わったのでしょう。
 イタリアからフランスに伝わった頃のフォークの先は二本でした。箸の影響を感じない訳にはいきません。

3.箸と匙
 三千四百年前に遷都した商王朝最後の都が発掘され、その遺跡を「殷墟(いんきょ)」と呼びますが、そこから青銅製の箸と匙(さじ)が発見されています。この時代に漢字の基になる文字ができたのですが、「箸」は竹かんむりが付きますので、一般には竹製のものを使っていたと推測されます。又、食事には箸のみならず匙も使っていたことが解ります。
黄河文明は、米を主食とする長江文明を飲み込みました。メンを食べる為の箸であったとすれば、米の飯は何で食べていたのでしょう。実は、匙で食べていたのです。ようやく千年ほど前の宋の頃から米も箸で食べることが始まったようです。その後も北方では匙で食べる習慣が長く残りました。

4.匙と米飯
 中国で発明された箸は、周辺の地域に広まっていきました。現在箸を一般的に使うのは、中国、朝鮮半島、ベトナム、そして日本です。日本では洋食を食べる時を除いて、食事に箸以外の道具を使う習慣がありませんので、本家の中国でも同じと考えておられる人がほとんどですが、実は中国では伝統的に匙を併用します。汁物は必ず匙を使い、椀には口を付けません。大皿から料理を取るのも結構匙を使います。更に朝鮮半島では中国の古い形が残っており、汁物のみならず飯も必ず匙を使って食べます。
 中国では飯の上におかずを乗せて、匙で食べる人を見かけます。中国人が経営する日本料理店に行きますと、丼物にはほとんどの場合箸と共に匙を付けてきます。これらも伝統の名残と見てよいでしょう。

5.文字の変化
 現在中国では「箸」に代えて「竹かんむりに快」(kuai)を使います。「箸」(zhu)の発音が船が止まるという意味の「住」(zhu)と同じなので、速いという意味の「快」に入れ替えたそうです。ちょっとした洒落ですね。宋から明にかけて箸が長江中下流域の米作地帯に広まるにつれ、北方から伝わった奇妙な道具の名前も変に思われたのでしょう。
 因みに「匙」も食事に使う道具としては「杓」を使うことが多いようです。

6.日本での進化
北京の釣魚台迎賓館の箸と日本の箸(下) 日本の航空会社では食事に箸を必ず出しますが、中国の航空会社ではプラスチック製のナイフ、フォーク、スプーンだけで箸は出てきません。又、日本の箸は中国のものに比べて短く、しかも先が細くなっており、魚を食べたり豆などの小さな物をつまむのにも向いています。
 中国では主人が客に自分の箸を使って料理を取り分けますが、日本では直箸(じかばし)を使うのを嫌い、取り箸を用います。日本では家庭の箸は、個々人のものが決まっています。そんなことで外食では使い捨ての割り箸の使用が始まりました。今や日本は、中国から大量に割り箸を輸入するに至りました。既に割り箸は、中国の料理店にも普及しています。
 日本に箸が伝来したのは遅くとも奈良時代、その後庶民にも定着し、いつの間にか本家を超えて箸だけを使うようになり、更には割り箸の文化まで輸出するようになったのです。ちょっと感慨深いものがあります。

この号終わり

写真上:北京秋天
写真下:北京の釣魚台迎賓館の箸と日本の箸(下)