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「契約」の概念【中国日記vol.134】

 今回は仕事上目にする契約書や法規について、「これはどうも・・・」と思うところを書いてみましょう。読者の皆様も多少なりともお聞き及びでしょうが、遅れた法治のみならず、民間への法や契約概念の浸透の拙さはかなり深刻な問題で、我々にとってはビジネスリスクそのものです。その背景には立法者の質の問題も浮かんできます。

1.契約

毛沢東像(瀋陽市中山広場) 近代民法では、平等で自立した個人の存在を前提として、それら個人の間での約束ごと「契約」を国家が尊重することにしています。「契約」という言葉は、近代日本が民法典を導入する過程で「契る(ちぎる)」と「約す」から造られた新しい日本語で、フランス民法典の「Contrat」の訳語です。この言葉は同時代に翻訳語として新しく日本語に加わった多くの法律用語と共に、清朝中国に伝わりました。現在も台湾で使われている「中華民国民法」は日本の法律用語を用いて書かれ、「契約」という言葉も当然の如く用いられています。

 一方、台湾を除く現代中国では「契約」に代えて「合同」という言葉を使います。1949年に成立した新中国では個人の所有権を基礎とした近代民法のみならず、近代社会に必要な法制の導入が途切れてしまいました。マルクス史観からか、「契約」という言葉に好ましくないイメージを感じたようで、対等な立場の合意、同意を意識して造られた「合同」という新しい言葉を「契約」に代えて用いるようになったのです。

2.契約書

 現代中国語では、契約書を「合同書」或いは「協議書」と言います。この場合の「協議」は「協議の上で合意に達した」という意味で用いています。

 通常、我々の社会に於いては書面の契約書がなくても双方の合意さえあれば契約は成立します。買い物をする場合を例にとりますと、店頭に価格を提示して置かれた商品から買いたい物を選んで籠に入れます。これで契約成立です。あとはレジに持っていって代金と引き替えに商品を受け取れば、債権(商品の引き渡し)と債務(代金の支払い)の履行が終わります。

 契約書を結ぶ目的は、契約の成立とその内容を明確にし、後日の紛争に備えることにあります。新中国成立後は法の整備が追いつかず、契約書なしの契約は法律上認められていませんでした。しかし、日常の買い物など社会の実情を追認する必要があります。そこで、1999年に施行された契約法(合同法)では書面無しの日常契約が法的に認められました。このように法整備さえようやく始まったばかりですから、書面で平等な当事者双方の合意内容を記録に残す「契約書」の意味が必ずしも理解されていません。

3.契約書の実情

上海の商店 契約は自立した個人同士の約束ごとですから、双方の合意によってその内容は自由に決めることができます。契約書に書かれていないことは当然の事ながら法律の規定に従います。にもかかわらず、わざわざ「法に従って」などという漠然とした文言を入れる習慣があります。あたかも「法に従わない」選択肢もあるようで、違和感を感じます。

 一方、契約が自由とはいえ、法律が特に禁じる事柄は無効です。例えば供給過剰の市場に於いて、買い手という優越的立場を利用して売り手に不当な負担をさせるなど優越的地位の濫用、或いは同じ納入業者の間に差別的な取り扱い基準を設けることなどです。中国では、組織小売業(スーパーマーケットチェーンなど)や飲食チェーンなどが納入業者に示す定型契約書の中では、法が禁じていようがいまいがお構いなしに、自己に都合の良いことだけを並べてそれで終わりという風潮が明確にあります。

4.例えば

 継続的な商品納入取引がある場合など、包括契約というものを結びます。毎回の発注に対して何時、どのように納入を行うか、そして決済はどのように行うかを決めています。例えば、受注後2日以内に物流センターに納入し、その代金は月末締翌々月末銀行振込といった内容です。

 包括契約がなくても毎回の発注書を定型化して書いておけば済むことです。実は包括契約の一番の目的は、買い手の支払いが滞ったり滞りそうになった場合に、支払い期日が到来していない代金も一斉に請求できるようにする、即ち買い手の支払い期限猶予の利益を失わせて、売り手の代金回収の便宜を図ることに主眼があります。しかし買い手の提示する定型契約書の中には大抵これが抜けています。

 更に例えば、「発注書をファックスしてから24時間以内に発注書通りの数量の商品を提供しなければならない」など、供給責任だけを一方的に押しつける内容が書かれ、売り手が納入を拒む権利については触れていないのです。買い手は、資金繰りに困った場合には大量に発注して納品を受け、それを現金化して資金繰りに使うことさえできるのです。

5.立法者の質

 2005年に衛生部(日本の厚生労働省に相当)が出した飲食店の衛生に関する通達を日本語に訳す機会がありました。

 中国では米国式に法律や通達に使われる用語は最初にまとめて定義されていますが、せっかく定義したにもかかわらず、定義していない同義語と思われる言葉が頻出します。こんなことは序の口に過ぎません。現代の社会常識として考えられないことですが、この通達作成者は法人と自然人の区別ができていないのです。

 個人、即ち自然人が行為することは当然ですが、社会に於いては企業や団体、国などの組織、即ち法人が行為するのも当然のことです。この通達の適用対象は、企業や店舗でなければならないところ、「経営者」とされています。中国でも個人経営の料飲店はありますが多くは会社など法人です。「経営者」の定義はありませんので、その解釈は衛生部の見解に委ねられます。

 立法者の質がこのようなものですから、一般社会で結ばれる契約書の内容は推して知るべし。企業経営者にとっては厳しい状況と言えるでしょう。

この号終わり

写真上:毛沢東像(瀋陽市中山広場)
写真下:上海の商店