第35話 膳からテーブル 【アラカン社長の徒然草vol.44】

 年を取ったからでしょうか、他人の食事マナーが気になります。家族で食事をしているテーブルを見ていますと、親のマナーがだめなら子も同じ。肘を付いたり、左手をテーブルの下に垂らしたり、椅子に置いたり。脚を組んでいる人もいます。親はテーブルマナーを知らないに違いありません。なぜそのような情況になったのか、日本ではテーブルを使って食事をするようになって日が浅いことに原因がありそうです。

1.膳(ぜん)から卓袱台(ちゃぶだい)

折敷(おしき。脚のない膳)と一汁二菜(身欠ニシンつけ焼き、筍煮付) 昔は一人ずつの膳で食べました。膳は宴会場で今も使われることがありますので、「ああ、あれか」と思い出されることでしょう。今日では家庭から消え、遠い存在になってしまいました。日本料理は大皿で出さず、一人分ずつ皿に分けて配膳しますが、膳を使っていた頃の名残です。
 明治になって西洋料理や中国料理の店ができ、テーブルで食べる文化が入ってきました。日本家屋は畳が敷かれ、そこに直接座りますのでそれに適合したテーブルが発明されます。それが卓袱台です。卓袱台には円いものや四角いものがあり、家族の人数に合わせて大小ありました。大正から昭和初期にかけて各家庭に普及します。昭和40年代に大ヒットした漫画「巨人の星」では円い卓袱台を星一徹(ほしいってつ)がひっくり返すシーンがあり、卓袱台は昭和文化の象徴として記憶されています。
 「巨人の星」がヒットしたころは戦後の高度経済成長の真っ最中。この時代に今日のようなテーブルと椅子での食事が普及していきます。過半数の家庭に普及したのは昭和60年(1985)頃。それからせいぜい30年しか経っていないのです。

2.膳と卓袱台の高さ

 日本では食器を手で持ってもよく、汁椀には直接口を付けますが、これは世界的にみて特殊な食べ方です。
 西洋料理ではナイフ、フォーク、スプーンを使い、食器に手を触れることも、口を付けることもありません。中国の箸は日本より長く、各自の箸で大皿から各自の皿に料理を取り、皿に触れることなく箸で食べます。米飯やスープを取る時だけは椀を手に持ちますが、食べる時はテーブルに置いて匙(さじ)で食べます。
 西洋も中国もテーブルと椅子を使います。日本の特殊性は、膳を使っていたから生まれたものです。膳の高さはいろいろですが、せいぜい15センチくらい。器を手で持って口元に近づけざるを得なかったのです。又、箸の文化が中国から入って後、匙を使わなくなり、汁椀に直接口を付けて飲むようになったのです。
 卓袱台も高さはせいぜい30センチ。正座して食べますので、情況は変わりませんでした。そして、膳も卓袱台も肘を付くには低すぎて、マナーの問題は発生しなかったのです。

3.テーブルマナー

 椅子に深く腰掛け椅子を引きます。この姿勢であれば脚を組むことはありません。
 食事中、両手首は必ずテーブルの上に出しておきます。肘を付くのは論外ですが、肘から手首までの間をテーブルのエッジに付けるのもいけません。
 日本料理に限って、小鉢、小皿、茶碗、汁椀は手で持つことが許されます。西洋料理の取っ手が付いたスープ椀は例外です。スプーンで一口飲んだ後は、手で持って椀に口を付けて飲んでも構いません。中国ではルールが緩く寛容性がありますので、中国料理店で日本人が汁椀に直接口を付けて飲んだとしても問題視されることはありません。
 日本料理にはもう一つのルールがあります。それは米飯の上に料理を載せてはいけないということです。料理と米飯は別々に食べます。因みに丼(どんぶり)は既に米飯の上に料理が載っていますがこれはファストフード。正式には二段の重箱を用い、料理と米飯を分けます。

4.献立(こんだて)

朱七福神七ツ盃(七献用の趣向) 出される料理を順に記したものを「献立」と言います。或いは「一献付き合ってくれよ」といった場合にも「献」を使います。「献」とは一体何を意味するのでしょう。それは膳を使って食事をしていた時代の名残なのです。
 かつて宴席においては共通の大きな盃(さかづき)を回して順に酒を飲みました。盃の一巡を「献」(こん)と言ったのです。一献毎に違った料理が運ばれます。そこで七献であれば、七種類の料理が用意され、それを献立と言います。
会席料理先付(さきづけ) 日常の食事は一汁一菜が基本でした。宴席では料理の種類が多いので「おかず」、即ち「お数」という言葉も生まれます。因みに「おかず」として提供される汁(しる)は吸物(すいもの)と呼ばれます。膳の上には一献毎に一人分ずつ盛られた「おかず」の皿が載せ替えられて行きます。
 今日では盃を回すどころか、互いに酒を酌み交わす「差しつ差されつ」さえ過去の話になりつつあります。燗酒なり、冷酒なり同じ物を皆で飲むことが減りました。各人の好みで注文し、生ビールや酎ハイカクテル、好みの濃さに割られた焼酎、ハイボール、或いは指定した銘柄の冷酒がグラスに入った状態で運ばれてきます。年を取ったからでしょうか、「差しつ差されつ」の文化は残していきたいと思いますし、残って欲しいものです。

第34話終わり

写真1:折敷(おしき。脚のない膳)と一汁二菜(身欠ニシンつけ焼き、筍煮付)
写真2:朱七福神七ツ盃(七献用の趣向)
写真3:会席料理先付(さきづけ)

2013年5月
  中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人