第60話 中国の地下鉄最新事情 【アラカン社長の徒然草vol.74】

 2014年3月、第45話「天津の地下鉄通勤」で中国の地下鉄事情を紹介しました。今回はその続編として最新の状況をお伝えします。

1.北京地下鉄

北京地下鉄運賃表 2015年、北京地下鉄2号線の風物詩として定着していた車内での物乞いがなくなりました。
 昨年まで北京地下鉄は乗車距離に関わらず一律2元(40円)と安価でした。おまけに2号線は環状線で乗り換え不要。物乞い天国と化していました。
 18路線、路線総延長442キロもある地下鉄網で一律定額料金という想像を絶するシステムは、私が知る限り中国唯一でした。北京は「中国」、即ち世界の中心の首都です。その誇りが利便性の高い地下鉄網を安価に提供することに繋がったものと思われます。一方中国は貧富の差が広がり、北京には東北地区から絶えず農民戸籍の貧しい労働者が流れ込みます。理想と現実の狭間で生まれたのが車内の物乞いだったとも言えます。
北京南駅出札窓口と行列 2014年2月、北京市政府は地下鉄車内での物乞いに最高で500元(約1万円)の罰金を科すべくパブリックコメントを求めました。罰金制度が導入され、2014年末には定額料金を改め距離に応じた料金設定になりました。こうして物乞いが成り立たなくなったのでした。
 現在の地下鉄料金ですが、例えば北京南駅から東直門駅まで11駅、13キロで5元(100円)。日本の半額以下の水準です。

2.安全検査

天津地下鉄1号線復興門駅ホームドア 中国の地下鉄は一般的に乗客と手荷物に対する安全検査が行われています。手荷物は全てX線検査器を通され乗客は服装の上から検査員が検査を行います。北京では2008年の北京オリンピックのテロ対策の一環として始まりました。天津地下鉄では今年から始まっています。
天津地下鉄乗車券自販機 我々は商売柄酒のサンプルを持参することがありますが、地下鉄では持ち込み本数が制限されていますので、営業活動に行く場合はクルマでの移動になります。
 安全という点で言えば、中国の地下鉄は最近建設された路線が多く、ほとんどの駅にホームドアが設置されています。

3.乗車券

天津地下鉄乗車券(「単程票」とは片道券の意味) プリペイド方式の交通カードを使う人も多くいますが、乗車券をその都度買う人の比率も低くはありません。中国語で乗車券は、「票」(ピャオ)と言います。乗車券のみならず施設入場券など「券」は全て「票」です。
 中国の乗車券はICチップを埋め込んだプラスチック製で、自動改札で回収された後、販売に回され何度も流通します。私が乗った地下鉄では、北京、上海、蘇州はカード、天津、広州、深圳は硬貨型です。
天津地下鉄1号線財経大学駅入口 北京南駅、天津駅といった高速鉄道が到着する駅では乗車券購入者が列を成します。例えば天津から高速鉄道に乗って終点の北京南駅に入った場合。南駅構内に十台近く並ぶ地下鉄券自販機には各々10メートルの長い列ができます。私は領収書をもらうために出札窓口に並びますが、購入まで30分掛かることもあります。天津から北京南駅まで所要時間が30分ですので、この行列時間はもどかしく感じます。
 逆に北京から天津駅に入り地下鉄に乗り換える場合、出札窓口はなく全て自販機。約20台並んでいますが、その半分近くが壊れており使えないのが常態化しています。それでも北京より混雑は少なく、5分も並べば買えます。混雑が少ないので自販機の修理を後回しにしても問題は生じないとも言えます。
 因みに中国では路面電車が発達した大連を除き都市内鉄道交通網は基本的に一つの組織が運営する地下鉄だけです。私鉄はなく、都市間を結ぶ鉄道との相互乗り入れもありません。地下鉄は都市毎にクローズドのシステムです。

4.天津地下鉄の特色

高架上の同駅ホーム 概ね駅構内の照明が控えめで陰気な感じがしますが、省エネの姿勢は評価できます。
 私が通勤に使う天津市内の9号線最寄り駅では窓口はあるものの乗車券は販売してくれません。自販機で買えと指示されますが、入口近くの4台は全て硬貨を受け付けません。この自販機、本来は硬貨も紙幣も使えるものですが、硬貨は使えずとも紙幣は使えますので修理は行われません。中国北方では小銭も紙幣が好まれますので、不自由を感じるのは余所者だけです。先に述べた天津駅の自販機状況も含め、非常に合理的な運営が行われていることが解ります。 
 降りる東麗経済開発区駅では私が使う西口が突然閉鎖されました。西口だけにあったエスカレータの維持管理費用が節約でき、窓口の従業員も安全検査員も減らせます。西口利用者に限って100メートル余計に歩くだけのことですから、これまた合理的な判断が成されたものと思われます。ただ、東口の使用頻度が上がったせいか自動改札機の故障頻度も高まったようです。もちろん自動改札機は直ぐに修理され復旧します。
被災工場(東海路駅の北500m。8月27日撮影) 1号線の終点・劉園駅の窓口で4元の乗車券を買うと3元の領収書を二枚くれます。4元の領収書を切らしているとのこと。「大は小を兼ねる」の好例です。自動改札を入ろうとすると改札ゲートが開きません。自動改札機の故障かと思いきや、乗車券の磁気記録不良でした。乗車券に再入力してもらう時、詫びる言葉はなく、逆にフルネームと連絡先電話番号を表に書かされました。私が書き込んだ欄の上は名前と電話番号で埋まっていましたので、同様の不良が日常的に発生していることがうかがえます。仮に窓口の磁気記録装置が完全に壊れたとしても、自販機で買わせて別に領収書を渡せば何の問題も生じません。天津地下鉄はあくまでも合理的です。

5.事故の影響

上海地下鉄静安寺駅入口 8月12日、天津地下鉄9号線の終点・東海路駅の東500メートルで爆発事故が起きました。同駅の東隣を高速道路が南北に走っており、この道路を挟んで東側は港湾機能を担う場所、西側が高層住宅と商業施設のエリア、その北が工場地帯として区分されています。港湾機能を担う側で事故があったのですが、爆風が強かったため、西側の住宅や商業施設、工場にも被害が出ました。
 天津港は世界4位の貨物取扱量を誇り、首都北京の外港でもありますので混乱が収まると直ぐに通関業務が再開されました。心配された化学品汚染もないことが確認され、被災住宅の住民以外はほどなく通常の生活に戻り、周辺工場も8月中に操業を再開しました。ただ、私にとって大切な地下鉄9号線は止まったままでした。地下鉄とは言うものの市内を出ると高架を走ります。高架上にある東海路駅舎はもろに爆風を被りました。
上海地下鉄案内標識 事故から三週間後の報道で、10月中旬に復旧することを知りました。地下鉄通勤に馴染んだ者にとって、道路渋滞を避けられる利便性は何物にも代えがたいところです。不便はわずか二ヶ月で解消。鉄筋コンクリート製の高架構造自体の損傷が気になりますが、合理的経営精神が遺憾なく発揮され、再開を優先するものと考えていました。
 10月18日、私は関西空港から北京経由で天津駅に到着。地下鉄乗場に向かいました。なんと!運転をしていない旨の張紙があります。地下鉄職員に尋ねたところ「いつ再開するか、まだ解りません」とのこと。万全を期して復旧してくれるのは安心ですが、不便を考えると複雑な気持ちです。
 最後に、事故で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

第60話終わり

写真1:北京地下鉄運賃表
写真2:北京南駅出札窓口と行列
写真3:天津地下鉄1号線復興門駅ホームドア
写真4:天津地下鉄乗車券自販機
写真5:天津地下鉄乗車券(「単程票」とは片道券の意味)
写真6:天津地下鉄1号線財経大学駅入口
写真7:高架上の同駅ホーム
写真8:被災工場(東海路駅の北500m。8月27日撮影)
写真9:上海地下鉄静安寺駅入口
写真10:上海地下鉄案内標識

2015年11月
  中谷酒造(株)代表取締役  中谷正人