今宵の晩餐 vol.6 身欠き鰊

投稿日:2022年8月21日

身欠き鰊

皆さん、こんばんは。六代目当主の中谷正人です。

 連載の六回目。家飲みの楽しみを分かち合いましょう。
 例年になく短かい梅雨かと思いきや、やはり雨は降りました。とりわけ北日本では豪雨続き。人類の無力を感じました。ともあれ、盆行事も終え朝の気温や風にほのかな秋を感じるこの頃。食欲が戻って参りました。伝統食の身欠き鰊(みがきにしん)で元気回復です。

主役の酒

清酒 大和郡山 中谷 (2022BY 3本目の酒)

 新設の柳町醸造所では、7月から協会901酵母で試験醸造を開始しました。毎日もろみの状況を五感でつかみ、糖度(日本酒度)、酸度、アルコール度数の分析数値で発酵状況を把握します。全て新しい醸造機具で新しい環境。問題点を洗い出した後に次の醸造を開始。ようやく901号酵母の管理の目途が立ち、クラウドファンディングの返礼品に充てる酒の醸造を開始しました。今回は901号酵母で醸した3本目の酒が、試飲を兼ねての「主役の酒」です。

アテ

身欠き鰊の焼き物

 身欠き鰊(みがきにしん)は、関西人にとっては馴染みの食材です。頭を取ったニシンを三枚に下ろした乾物です。江戸時代は北前船(きたまえぶね)で産地の北海道から日本海を経由して「天下の台所」大坂に運ばれてきました。蕎麦を食べる習慣のある京都ではニシン蕎麦の具として甘露煮にします。奈良や大阪では焼き物で食べることが多いように思います。

 私は仕事柄中国を巡ります。広東省の或る日本料理店で身欠き鰊を出す店があり、珍しさに店主に尋ねたところ会津出身で懐かしの味を提供しているとのこと。会津は、北前船の寄港地であった新潟から阿賀野川で北海道と結ばれていたのです。

 さて、作り方。身欠き鰊は従来の乾燥品であれば一日程度水に漬けて戻す必要がありますが、最近はソフト乾燥タイプが出回っていますのでそのまま使えます。半身を4つくらいの割合で切り、少量の砂糖を溶いた清酒と醤油の漬けダレに生姜スライスを入れて放り込みます。30分待ってオーブンで8分ほど焼きます。焼いている間に漬けダレを一旦煮立ててアルコールを飛ばし、鍋ごと水に漬けて粗熱を取ってからごま油と刻んだ青ネギを加え、そこに焼き立てのニシンをジューと放り込めば完成です。

晩餐

 今宵も家内と一緒に晩酌(ばんしゃく)です。

 アルコール度数15度弱。酸度は2を少し切るぐらい。グラスは冷えると花火が浮き出るものを選びました。甘い吟醸酒の香りが立ち昇り、口に含めば発酵過程で生み出された炭酸ガスの刺激、そしてフルーティーな風味。真夏にこんなに鮮度の高い清酒を飲めるなど夢のようです。

 酒の感動がさめやらぬ間にニシンを口に含みます。砂糖と酒の甘みが醤油と調和し、そこにニシンから出た油と旨みの成分が交じり合い口いっぱいに広がります。歯ごたえのあるニシンの身は噛めば噛むほど旨みが染み出します。そして酒を一口。炭酸の刺激を伴う果汁のような味わいが口の中でニシンと交じり合うかと思いきや、きれいさっぱり拭い去り、酒の風味が口の中に拡がります。

 これを繰り返していると、気が付けば皿は空。後は酒のみをチビリちびり。今宵も満足です。

ではまた次回。