第47話 小さく軽く

投稿日:2014年5月09日

 細長い日本列島の中央には険しい脊梁山脈が走っている。その山々から無数の河川が太平洋と日本海に流れ下っている。平野といえば縄文時代には海だった所に、川の土砂が堆積した湿地帯の沖積平野であった。

 険しい地形と湿地帯のため、日本人は車を進化させなかった。日本人の旅はいつも歩きであった。船旅もあったが、それは金持ちの例外的な旅であった。

 日本人の誰もが荷物を担ぎ、歩いていた。その歩き回る日本人の価値観は「物を小さく軽くする」ことであった。物を小さく軽くすることは、それを担ぐ自分自身を救うことであった。

 物を細工して小さく詰め込む。旅用具はすべて細工され小さく詰め込まれた。(中略)細工されないものを「不細工」と馬鹿にし、詰め込まないものを「詰まらない」と侮った。縮めて詰め込むことは日本人の美意識にまで昇華してしまった。(竹村公太郞著「日本史の謎は『地形』で解ける」)

1.旅用具

RIMOWAアタッシュケース

 私は毎月一度、必ず中国に出張します。それ以外に日本国内の出張、中国以外の海外出張もあり、一年の半分は旅に出ています。旅に持っていく鞄はRIMOWAのポリカーボネート製アタッシュケース一個のみ。

 「歩く旅」ではありませんが、駅や空港で歩く距離は少なからずあり、「小さく軽く」が求められることと、空港や駅から直接取引先に向かうことも多く、スーツケースを持ち運べないという制約があるからです。

 スーツの替え、パジャマやスリッパは持ちません。着替えは多くても二回分にして、二泊するホテルがあれば初日夜に洗濯します。カッターシャツは手洗いでも皺にならない形状記憶のもの。ネクタイの替えは1本か2本です。

 パソコンは軽量なLET’S NOTE。傘は100グラムの折り畳み。髭剃りはシンプルな二枚刃。胃腸薬、絆創膏など医薬品は最低限の量を小分けして携行します。手帳は薄型、時計はチタン合金のベルトで軽量です。

2.将棋

 冒頭に引用した書物の中で、竹村氏は日本の将棋も旅用具として「小さく軽く」を求めた結果、現在の形になったことを解明しています。

 将棋やチェスのルーツは、紀元前3世紀にインドで考案されたチャトランガです。航海中の船員の賭けを伴った遊びとして世界に広まりました。

 チャトランガの駒は、チェスのように立体的な像でしたが、タイで歩(ふ)が平たい駒になり、それが日本に伝わって全ての駒が平駒になりました。平駒は薄い木片で作れますし、紙でも代用できます。「歩く旅」の日本では持ち運びに便利なように進化を遂げます。

 チェスであれば駒の色で敵味方の区別をしますが、日本では駒を五角形にして進行方向を示すことにより敵味方の駒は共通になり、そこから相手から奪った持ち駒を使えるという日本独特のルールが生まれるのは必然でした。

 後半戦になっても駒数が減らず、勝敗は確実に決するからです。賭を伴う以上、これは重要な進化でした。竹村氏の出した結論に脱帽です。

3.家

一乗谷遺跡パンフレット

 竹村氏は、李御寧著「『縮み』志向の日本人」の中で触れている日本人が物を小さくする例を挙げています。

 団扇(うちわ)から扇子へ、折り畳み傘、世界最小のバイク、電卓、ウォークマンといった携帯オーディオプレーヤー、日本庭園、盆栽、茶室、幕の内弁当、おにぎり、俳句など。私は家(住宅)にも同じ傾向を見出しました。

中谷家本屋(大和棟。戦後、萱葺きの上に銅板を葺いた)

 かつて一乗谷遺跡を見学したことがあります。戦国時代、越前を支配した朝倉氏の城下町を発掘復元しているのですが、武家屋敷が意外に狭いことに驚きました。

 重臣と思われる屋敷であっても四間(よま)取りです。私が住む中谷家の本屋も安政3年(1856)の創建時は田の字型の四間取りでした。表に面した側が店の間と客間(座敷)、奧は居間と寝間(ねま)です。

水屋(中谷家)

 日本の家屋では狭い空間を有効に使う工夫が随所に見られました。店には高さ40センチほどの小さな机が置かれるだけ。客をもてなす椅子やテーブルはなく、座布団だけでした。

 居間に卓袱台(ちゃぶだい)はなく、膳で食事し、食事が終われば水屋(みずや。食器棚)にしまいました。小物収納は居間の壁際の天井に近いところに棚が作られています。

 ベッドはなく布団を用い、毎日たたみます。暖房器具は火鉢だけで、冬が終わると蔵に片付けました。箪笥(たんす)も蔵に置きましたので、机、座布団、布団を除けば畳の上に何もないという状態でした。二階がある家に見られる階段箪笥というのも日本ならではの発明です。

中谷家本屋間取り図(創建時):

中谷家本屋間取り図

4.小さく軽くの進化

旧吉川家住宅(奈良県民族博物館。1703年創建。間取りは中谷家本屋と同じ)

 クルマは小さくて軽いほど運動性能が高く、燃費も良くなります。高強度鋼材(ハイテン)や炭素繊維の複合材をフレームやボディーに用いる技術開発など、軽量化競争で日本車は先頭を走ります。

 軽量瓶はビールでは何年も前から導入されていますが、清酒用720ml瓶でも導入が始まりました。重量の低下は輸送コストを下げ、エネルギー使用量も減らします。

 PETボトルや紙パックは世界に普及していますが、日本では焼酎、ワイン、清酒など酒類にまで使われています。ただ、嗜好品では商品価値も重要ですので大衆酒に限られます。

 多様な収納容器、空気を抜いてカサを下げる布団袋など、日本ならではの工夫です。

 電子辞書も日本企業が先頭を走ります。工事現場のミニパワーショベル、家庭菜園用の小さな耕耘機も日本企業が日本の需要に合わせて開発し成功したものです。「小さく軽く」の遺伝子は脈々と日本人の中に受け継がれています。

第47話終わり

写真1:RIMOWAアタッシュケース
写真2:一乗谷遺跡パンフレット
写真3:中谷家本屋(大和棟。戦後、萱葺きの上に銅板を葺いた)
写真4:水屋(中谷家)
写真5:旧吉川家住宅(奈良県民族博物館。1703年創建。間取りは中谷家本屋と同じ)