第49話 都市と燃料

投稿日:2014年7月11日

 「十七世紀にはいると、淀川筋には大きな問題が発生する。それは、土砂流入による川床上昇と水行の滞りという問題である。これは、淀川筋だけに限らず、大和川筋でもみられた事態であった。

 (中略)老中連署状から、当時、淀川・大和川筋に流れ込む諸川の上流山間部では、木の根を掘るという行為が盛んに行われ、しかも植林をおこたっていたため、土砂が淀川・大和川筋に流出する事態が進行していたことがわかる。」(村田路人著「近世の淀川池水」)

 何のために「木の根を掘るという行為が盛んに行われ」たのでしょう。特定の木の根が漢方薬の原料になることはありますが、それが主たる目的であったはずはありません。

1.煮炊き燃料

薪とかまど(奈良県民族博物館 鹿沼家住宅)

 日本人の主食は米です。米の主たる栄養素である澱粉は生のままでは消化できません。野菜も加熱してセルロースを破壊しなければ栄養を吸収できません。炊くか、煮るか、蒸すか、加熱して食べます。

 その燃料には薪、後には木炭が加わりますが、何れにせよ木材が使われました。

 江戸時代の終わりになって石炭の利用が始まりました。明治時代にガスや電力が加わり、エネルギー源を木材だけに頼る時代が終わりました。日本にも産業革命が起き、戦前の高度経済成長が始まります。

 しかし家庭への普及には時間が掛かりました。石炭の利用開始から百年ほど経った昭和の高度経済成長期にようやく電気炊飯器やガス炊飯器が普及します。それまで家庭で煮炊きに使われた燃料は相変わらず薪や木炭、それに石炭の粉を固めた練炭(れんたん)が加わる程度だったのです。

2.京都

佐保川(大和郡山市番条町より下流を望む)

 8世紀の終わり頃、都は京都に移されます。京都は日本最大の都市になりました。都市においては煮炊きの燃料供給が不可欠です。周辺の山の木は次々と切られて燃料にされました。次いで河川で運べる範囲の木が切られて行きました。琵琶湖周辺、桂川流域、木津川流域です。

 京都は16世紀まで政治、経済、文化の中心であり続けました。八百年の間にめぼしい木はほぼ切り尽くされ、都市を維持できる限界に達していました。

3.江戸

 1603年、徳川家康は江戸に幕府を開きます。江戸は低湿地が多く樹木は少なかったのですが、利根川、荒川、渡良瀬川流域に大量にある木材を手に入れることができました。竹村公太郞氏はその著書「日本史の謎は地形で解ける」の中で、徳川家康が江戸を幕府の拠点に選んだ理由を木材に求めておられます。やがて江戸は世界最大の都市に発展します。

 「江戸市内で大川は隅田川とも呼ばれ、上流部は今の荒川である。秩父の山々から切り出した木材が、筏にされて江戸まで運搬されていたのだ。見れば見るほど、夕立の中に霞んで描かれている筏は、タンカーのようだ。」(竹村公太郞著「日本史の謎は地形で解ける」)

4.大阪

大阪城

 さて、最初に取り上げた「木の根を掘るという行為が盛んに行われ」た理由に戻りましょう。

 今日の大阪は石山本願寺の寺内町として16世紀に始まりました。その後、豊臣秀吉が大坂城を築き、その南に城下町を整備しましたが大坂の陣で破壊されます。徳川幕府は、秀吉の築いた城を埋め、その上に新たに大坂城を築きました。

 城下町は発展し、今日に続く街になりました。大坂という大都市を維持するための木材は、淀川流域と大和川流域から運ぶことになります。

 宇治川、木津川、桂川など淀川上流域は京都に、大和川流域は飛鳥宮-藤原京-平城京-奈良町-郡山と都市が維持されてきた奈良盆地に、長年にわたって木材を供給してきました。既に木材資源が枯渇寸前です。

 やむなく木の根を燃料にせざるを得なかったのです。木の根まで掘れば、大雨の度に土砂が崩れて川底を浅くし、洪水を引き起こします。大阪は、その誕生から洪水との戦いを宿命づけられていたのです。

5.木材資源の限界

 江戸時代、日本各地で未開拓の森林資源の開発が大規模に進みます。切り出された木は建築資材として使われるのみならず燃料として各地の都市、街の人口を支えました。

 「利根川と荒川の関東は、徳川幕府が自ら押さえた。中部の木曽川は尾張徳川家が押さえ、近畿の紀ノ川は紀州徳川家が押さえ、北関東の那珂川は水戸徳川家が押さえた。」(竹村公太郞著「日本史の謎は地形で解ける」)

 紀ノ川上流、いわゆる吉野で伐採され、河口の和歌山に運ばれた木材が大坂や京都で消費されたことは想像に難くありません。

 江戸時代を通して人口は増え、幕末には伐採可能な木がなくなりつつありました。浮世絵に描かれた各地の風景に豊かな山林はなく、荒涼たる丘や山が広がっていることを竹村公太郞氏は指摘しています。

 江戸時代、庶民に旅行が流行しました。庶民が泊まる宿は木賃宿(きちんやど)です。宿泊費そのものよりも煮炊きの木材コストが高かったことを示す名称のようです。

第49話終わり

写真1:薪とかまど(奈良県民族博物館 鹿沼家住宅)
写真2:佐保川(大和郡山市番条町より下流を望む)
写真3:大阪城