第65話 初めての手術

投稿日:2016年4月15日

 私は昭和34年(1959年)に生を受けてからアラカンのこの歳まで健康体で過ごしてきました。ただ、1995年に中国会社を設立してから日本の中谷酒造の経営立て直しも並行して進めることになり、この二十一年間、土日どころか祝日もなく働きづめでした。

 無理を続けるとどこかに負担が掛かり、体の弱いところに吹き出します。人生初めての手術を受けました。「初めて」と聞いて、若い頃なら「♪は、じ、め、ての○コム♪」というCMのように明るく軽くときめくこともありますが、この歳の「初めて」は恐怖を伴います。

1.寄生虫の恐怖

 4年ほど前のことです。股間に数センチのミミズ腫れができました。最初は椅子に座ると軽い痛みがあったのですが、その後は痛くもかゆくもないので放置していました。ただ、たまにミミズ腫れの一端から少し血の混じった黄色い汁が出ます。

 考えて見れば私は1986年から衛生状態の決して良いとは言えない中国の、しかも田舎にまで何度も足を運んでいます。もしや、その時にもらった寄生虫が股間に住み着いているのではないか、それが頭に浮かぶなり恐怖に凍り付きました。

 近所の新興住宅街にある皮膚科の開業医を訪ねました。何の病気か見当もつかないとのこと。やむなく近くの救急病院に行きました。

 初診のあと数日して再度訪問すると、痔瘻(じろう)という病気があって、肛門の内壁に穴があいて老廃物の出る筋道ができ、股間の皮膚を破って膿がでる病気で、この可能性があるとのこと。

 寄生虫ではないと断言されたので、それに安心して放置することにしました。痛くもかゆくもないのですから。

2.成長するミミズ腫れの恐怖

高田の病院

 清酒造りは寒い季節の仕事です。秋から酒を造る時期に入りますが、年末にかけて出荷もピークを迎えますので猫の手も借りたいほど忙しくなります。

 私は会社経営と営業活動に加え、麹作りの現場や出荷作業の手伝いに入ったり、近所の配達にまで駆り出されます。正月三が日も来客があり酒食の相手で多忙なのですが、気がつくと股間のミミズ腫れが急に成長しているではありませんか。この4年間なかったことです。恐怖に凍り付きました。

3.開業医の恐怖

院庭

 酒造りのピークが過ぎて仕事が落ち着いた2月29日。そう遠くない開業医を訪ねました。医師は痔を専門としてきたベテラン。肛門から内視鏡を入れられましたが肛門内壁には病気をうかがわせる穴がなく、原因は発見できませんでした。

 私は休み無く働いており、毎月の中国出張の後など過労の時にミミズ腫れが成長し、体調が回復すると血の混じった汁が出て腫れが小さくなることを説明しました。

 すると医師は、「忙しいと言うんやったらワシも忙しいんや。医師会の役員までしてるんや!」と、忙しさの自慢合戦に持ち込みます。

 「高田の病院を紹介したろうと思たけど、そんな忙しい患者に合わせてくれる医者など居らんわ!」とのたまいます。原因解明のために膿が出たらもう一度来るように言われて帰りました。

 3月2日、血の混じった汁が出たので再訪しました。すると医師は、「これは膿やないやろ。膿というもんも知らんのか!」と吐き捨てるように言い、私が「血の混じった汁ですから膿かと思いました。」

 と言うと、膿の採取容器の封を切ってしまったが無駄になったと言って毒づきます。

 採取容器を持ち帰って自分で採取して持ってくるかと提案されましたが、「膿かどうかは医者のワシが判断する」とのことですから「膿」採取は難しそうです。

 幸い前回の医師の言葉から高田に紹介する価値のある病院があることを知りましたのでそこに行くことにして、「様子を見てまた来ます」と言って辞しました。

4.入院が近づく恐怖

院内の絵画

 自宅からクルマで30分。高田駅の近くにその病院はありました。

 3月8日に初診。院内で共産党系労組の組合員が署名活動をしているのはどうかと思いましたが、非常に清潔で機能的な病院です。CTスキャンで原因は判明。

 直腸に穴があき、そこから股間に向けて老廃物の出る筋道が白く浮き上がりました。病名は痔瘻。手術でのみ治るそうです。担当医師は40歳代の聡明な感じ。

 「手術日だけ決めれば良いように手術前に行うべき検査を今日の内に済ませましょう」と言ってくれましたので血液検査、レントゲン検査など全てを終え、帰宅後電話で手術日を24日に決めました。

 13日から中国出張。天津、北京、天津、上海と回って19日に帰国しました。手術の前日の23日に入院する必要があるそうで、入院日が近づくに連れ、言いしれぬ不安感が高まっていきます。

 21日は京橋の清酒バーで開かれた蔵元を囲む会に出席。22日は入院前にできるだけ仕事を片付け、酒も飲まず重苦しい夜を過ごしました。

5.手術台の恐怖

署名活動の台

 24日木曜午後3時、手術台の上で下半身麻酔の注射を腰に打たれます。痛みを感じますがひたすら我慢。そしてうつぶせになりました。頭は明瞭で手術に当たる二名の医師と二名の看護師の会話が聞き取れます。

 下半身麻酔が効き、レーザーメスで切られる痛みはありませんが、蛋白質が焼ける臭いがします。体を切られていると想像するだけで恐怖のどん底です。

 手術は一時間ほどで終了。糸で縫ってあり、暫く血と汁が出るそうです。病室に戻り約4時間、麻酔が切れると夕食。切ったところに大きな違和感がありますので正座して食べます。

 痛みもあるのですが、手術で精神的に参ったのでしょう、朝まで深い眠りにつきました。

6.回復

私のベッド

 血と汁が出ますので生理用ナプキンをパンツに貼り付け、毎日朝夕交換します。麻酔後の頭痛防止に水の点滴を二日間打つ必要があるそうで退院は27日。

 急ぎの仕事をパソコンでこなす以外は暇を持て余し、テレビの選抜高校野球三昧。因みに今年は奈良県代表の智弁学園が準決勝に続く劇的なサヨナラ勝ちで優勝でした。

 28日月曜から通常業務に戻り、31日に一部抜糸。手術から13日目の4月6日に全て抜糸。順調に回復です。

 恐怖に満ちた初めての手術でしたが良いこともありました。先ずはナプキンの使用に慣れたこと。高齢になった時の尿漏れパッド装着に役立ちそうです。

 又、2月から飲酒を控えていましたので、血液検査の肝機能数値が正常レベルになったこと。二十年来、健康診断の度に「治療が必要です」と注記されていたのが嘘のようです。これからは心置きなく酒が飲めるというものです。

第65話終わり

写真1:高田の病院
写真2:院庭
写真3:院内の絵画
写真4:署名活動の台
写真5:私のベッド