第66話 広東省に見る中国の現状

投稿日:2016年5月11日

深圳市宝山区の住宅街

 中国で改革開放経済が始まった1979年、中国政府は四つの経済特区を作り外資導入を進めました。広東省に深圳(しんせん)、珠海(じゅかい)、汕頭(すわとう)の三ヶ所、それに福建省厦門(あもい)。

 その何れもが首都北京から離れた場所です。共産主義特有の計画経済に市場経済を導入する実験ともいえる試みでしたから「何が起きるか解らない」、そんな怯えからできる限り首都から離そうという意図が働いたものです。

 深圳は香港に隣接しており、外資、とりわけ香港資本の加工工場が次々と作られました。経済特区が満杯になりその成功が明確になると中国各地に外資を受け容れる工業団地、多くは「経済開発区」と呼ばれるのですが、その建設が始まります。

 深圳でも加工工場は特区からその周辺地域に広がり、内陸の農村から供給される無尽蔵とも思えた安い労働力を利用して発展しました。やがて広州を扇の要とし珠海から深圳に広がる珠江デルタには中国随一の工業地帯が形成されていきました。

 改革開放経済が始まって38年。中国は世界の工場と呼ばれていましたが、人民元高と人件費の高騰を受けその地位が揺らいでいます。

私は毎年一度ほどのペースで広東省に出張しています。広東省を例に中国の最新状況をお届けしましょう。

珠江デルタ位置関係:

 広州市
中山市**東莞市
珠海市*珠*深圳市
===*江*===(境界)
マカオ****香港
**(南シナ海)**

1.「中国経済崩壊」の嘘

深圳中心部の高層ビル

 中国では昨年株価が暴落。今年に入ってまた下がり、その後も低迷が続きます。資源や素材産業では過剰生産による低迷が見られ、地方都市では買い手のないマンション群があふれ、大都市では逆に不動産価格が再び急上昇しています。

 昨年の経済成長率は6.8%とされますが、実際は公式統計の半分以下で、今にも中国経済は崩壊するといった見解があります。嫌中ムードが続く日本においてネガティヴ報道は受けが良いのでこういった見解が取り上げられがちです。しかし実情は違います。

 中国経済は、GDPの構成が投資から消費に転換中です。先進国では個人消費がGDPの60〜70%を占めるところ、中国では少なくとも2010年までは35%に過ぎませんでした。

 2011年から経済成長率が10%を割り込み、中国経済は高度成長から安定成長に入りましたが、これに連れ成長の原動力が投資から個人消費に移り、2014年頃から急速に個人消費の割合が増えているのです。

 2016年の今の時点で上海、広州、深圳、北京、天津など主要大都市では既に個人消費のGDPに占める割合が55%を超えたものとみられます。

 都市部の消費は堅調であり、海外旅行も年間20%の勢いで伸びています。昨年出国した1億2千万人の内、たった4%の5百万人が日本に来ただけで明確に日本経済が潤います。中国の経済成長率は二桁成長時代を終え、年間6〜7%に落ち着きそうです。

2.長安鎮

 広州市と深圳市の間に東莞(とうかん)市があります。日本人には馴染みのない地名ですが、東京都に比べて一割ほど多い面積に8百万人が暮らします。

 農村(中国の行政単位では鎮)の点在する広い地域を一つの市にまとめたものです。歴史を見れば1839年、アヘン戦争の契機となった林則徐による阿片廃棄が行われた虎門(こもん)は市の南西部にあたります。

 虎門鎮(こもんちん)もそうですが、厚街鎮、長安鎮、常平鎮、樟木頭鎮、塘厦鎮などにはたくさんの香港企業、台湾企業、それに日系企業が進出しています。

 私が最近出張で訪れた長安鎮(ちょうあんちん)。材料を無償で海外から持ち込み、加工後無償で輸出して加工賃相当の外貨を受け取る「来料加工」と呼ばれる加工貿易で栄えました。この数年は人件費と元高の影響をもろに受け、かなりの比率で企業は撤退しています。

 それでも狭い地域に数十万人が居住し日本の県庁所在地並みの繁華街があり、そこには活気の余韻が残っています。

 工業の衰退に比べ日本料理業界はまだ元気です。私はこの地で日系企業の工場長として働く友人と手打ち蕎麦を出す居酒屋で食事を共にしました。

 その店は、加工工場の経営者や幹部、その接待需要で賑わってきたのですが、この二、三年で馴染み客が急減し、その穴を新しい中国人客が埋めています。

3.飲み放題食べ放題の店

ホテルから見る深圳市街

 日本旅行を経験した中国人は軒並み日本ファンになり、中国国内での日本産品、日系ブランド品消費に寄与し、その一環として日本料理店での消費にも貢献。中国の日本料理店業界は右肩上がりで発展しています。

 客単価が日本円で一万円以上の高級店も増えているのですが、裾野も広がっています。天津など他の都市なら多様な個店が多様な需要を吸収するところ、深圳ではチェーン店が日本料理初心者需要を満たしています。その二つ、仮にAとBとしましょう。

 Aチェーン店は飲み放題食べ放題で一人198元(約3,300円)。通常の個店でランチを食べると60元(約1,000円)はしますので、如何に安いか御理解いただけるでしょう。ただひたすら安く材料と酒を仕入れ、客の回転を上げることにより利益を得ています。

 酒も鉄板焼き用に安いワイン、それ以外は中国人好みの香りを付けた中国産合成清酒です。低価格を維持して日本料理初心者の心をつかむ作戦です。

蛇口港乗船券売場

 一方、Bチェーン店。開業したばかりの大型店は日本を感じさせる独特の空間を出現させ、日本料理を魅力的に伝える努力があふれています。

 両側の壁を木造二階建てが並ぶ街の軒先に見立て、そこに挟まれた繁華な道路にテーブルが並ぶ趣向。電柱と電線を模した装飾もあります。

 食べ放題飲み放題の規定料金は298元と、Aチェーン店の1.5倍。酒は天津中谷酒造の純米酒を使っており、経営者には日本食文化への理解があります。この内装が好評で毎日満席。既存店も順次これにならって改装するそうです。

4.香港経済圏

蛇口フェリー埠頭

 広東省は日本の約半分の面積に約1億人。人口の多い順に広州市(13百万)、深圳市(10百万)、東莞市(8百万)、仏山市(7百万)など、都合21の市で構成されます。

 首都北京から遠く離れていますが隣接する香港の経済圏に組み込まれており、中国では上海と並ぶ開けた場所です。

 テレビやラジオのローカル放送は標準語番組もありますが、香港同様に広東語での放送です。深圳市はマンション価格が中国で最も高い地域ですし物価水準も中国最高です。

 深圳住民は、休みの日には物価の安い香港に買い出しに行きます。珠江デルタの扇の要の位置にある広州市とその周辺では広州空港を利用しますが、その南では国内線は深圳空港、国際線は香港空港という使い分けが普通です。因みに深圳空港から日本への直行便は深圳航空の成田便だけです。

 香港空港へは中国・香港境界ゲートの羅湖や落馬洲を通って列車やバスで行くルートもありますが、フェリーで直接香港空港に行くのが便利です。

 私の定宿は高層ビルの林立する深圳市街地にあり、最寄りの大劇院駅から地下鉄2号線に乗ると50分で蛇口港(じゃこうこう)駅に着きます。香港空港行フェリーは一時間おき、乗船券を買って航空会社の窓口でチェックイン。

 出国審査を経て高速フェリーに乗り、50分ほどで香港空港に到着です。

5.日本旅行ブーム

香港空港

 中国の海外渡航者数は2014年に1億人を突破し、年間20%の勢いで伸びています。最近私が乗った香港発関西空港行ANAのフライトは標準語を話す人々、即ち深圳住民で一杯でした。

本来広東省では広東語を話すのですが、経済特区建設に伴い新たに作られた深圳という街は住民が中国各地から移住してきましたので日常使うのは標準語なのです。

 日本ではいわゆる「爆買い」をし、日本ファンになり、帰国後は日本製品や日本ブランド商品を買い求め、日本料理店の常連客になり、又日本旅行に出かけるはずです。この傾向は太く長く続くと私は見ています。

第66話終わり

写真1:深圳市宝山区の住宅街
写真2:深圳中心部の高層ビル
写真3:ホテルから見る深圳市街
写真4:蛇口港乗船券売場
写真5:蛇口フェリー埠頭
写真6:香港空港